第38話 弓衆の再編
信長への臣従が決まり、大島家の弓衆は織田家の組織に組み込まれることになった。
(これが「転職」というやつか。前の会社が買収されて、新しい親会社の指示系統に入る感じだ)
信長の家臣団の管理能力は高かった。人員把握、武器の数の申告、稽古場の設備確認——細かいところまで整備が行き届いていた。
「この人たちの組織力、高いな」と内心で感心した。
弓衆の変化で一番大きかったのは、新しい若者が加わったことだ。その中に、十八歳の若者がいた。猿渡という名で、新八と同じく農民の出だという。射の型はまだ荒削りだったが、集中力が桁外れだった。矢を番えると、周囲の音が聞こえなくなるくらい没入する。
「新八、この子を指導してやってくれ」
「俺がですか」
「お前は俺から習った。次は、お前が後輩に教える番だ」
新八は「分かりました」と言った。
(道三様から俺へ、俺から辰之助と新八へ、新八から猿渡へ。弓は、人から人へ繋いでいく)
信長体制での最初の本格的な戦いは、臣従から半年後に来た。
近江の一向一揆の鎮圧に、弓衆が動員された。信長から「大島の弓衆を先鋒に使う」という命が来た。先鋒——前線に立てということだ。
(道三様や義龍様の下では、弓衆は支援役だった。信長様は弓衆を前に出す気だ)
雲八は信長の使いに言った。「弓衆は先鋒には向きません。側面からの支援が最も力を発揮します」。
使いが信長に伝え、返答が来た。「ならば、左翼の高台から支援せよ」。
(意外とすんなり変わった。信長様は機能に合った使い方をする人だ。主張が正しければ聞く)
本番では、左翼の高台から敵の指揮系統を狙い撃ちにした。一揆勢の旗持ちと、声を上げて指示を出している人物を優先的に狙う。旗が倒れ、指揮の声が途絶えると、集団の動きが乱れる。鎮圧が半分の時間で終わった。
信長から短い伝言が来た。「大島の弓、また役に立った」。道三様だったら「よくやった」と笑ったかもしれない。信長はただ「役に立った」と言う。それが信長のやり方だった。
(道三様は感情で褒めた。信長様は成果で判断する。どちらも俺を認めてくれている。でも種類が違う。それだけだ)
(続く)




