第37話 信長という嵐
信長は三十四歳だった。背が高く、細身で、動きに無駄がない。
「大島雲八か」
「はい」
「齢いくつだ」
「五十九でございます」
信長はわずかに眉を動かした。雲八の見た目は四十代前半だ。数字と見た目が合っていない。
「本当か」
「はい」
「……それだけで面白い。で、何の用だ」
「大島家は関の地にあり、美濃の弓衆として長く戦場に立ってきました。信長様のお役に立てることがあれば、と思い参りました。私の弓の射程は、百二十歩ほどございます」
信長が止まった。
「今の言葉、もう一度言え」
「百二十歩の射程です。標的が静止していれば、その距離まで必中でございます」
「証明しろ」
中庭に案内された。信長が「百二十歩先に的を立てろ」と命じると、家臣たちが驚いた顔をした。
雲八は弓を構えた。五十九歳の体。しかし体の感覚は四十代のまま。風を読む。呼吸を整える。引き分ける。止める。
放った。
的の中心を射抜いた。
静寂。
信長は中庭を歩き、的に近づいた。矢を確認した。振り返り、雲八を見た。
「もう一本」
また中心だった。
信長はゆっくりと戻ってきた。雲八の前に立った。視線が真っすぐだった。
「使える」
それだけだった。道三の「気に入った」とは違う。義龍の「なるほど」とも違う。ただ「使える」。道具としての評価だ。
(道三様は「面白い」と言った。信長様は「使える」と言う。どちらも認めてくれている。でも種類が違う。道三様は人として認めた。信長様は機能として認めた。どちらが良いとか悪いとかではない。これがこの人の在り方だ)
「ひとつ聞く。お前は斎藤の弓衆だった。なぜ儂のところに来た」
「道三様が亡くなってから、美濃は弱くなりました。信長様の下なら、美濃が変わると思いました。それが理由の一つです」
「一つ、ということは他にもあるか」
「……関の郷を守り続けたい。大島家の弓を、次の世代に繋ぎたい。そのためには、強い主君のそばにいる必要があると判断しました」
信長は少し間を置いた。
「正直な奴だ」
「畏れ入ります」
「大島の弓、使わせてもらう。関の郷は引き続きお前に任せる。ただし儂の邪魔をするな。従う気のない者は要らない」
「承知しました」
雲八は一礼して、その場を辞した。廊下を歩きながら、全身から力が抜けていくのを感じた。
(緊張した。道三様のときとは違う種類の緊張だ。でも——通じた)
城の外に出ると、秋の空気が冷たかった。長良川の匂いがした。この川は、道三のときから変わらずにある。
(道三様……新しい主君のもとで、俺はまだ関の郷に立てます)
(続く)




