第34話 尾張の噂
永禄三年(一五六〇年)。雲八は五十二歳だった。
その頃、尾張から面白い噂が届くようになっていた。
織田信長が桶狭間の戦いで今川義元を討った——という知らせだ。
今川義元は東海最大の勢力を誇る大名で、その軍勢二万五千に対して、信長は二千余りで戦ったという。誰もが「嘘だ」と言ったが、使いの話では本当らしかった。しかも奇襲でも策略でもなく、信長自身が先頭に立って突撃したという。
「信長という人は本物ですか」と新八が聞いた。
「本物だ」と雲八は答えた。迷いなく。
「なぜそう言えるんですか。まだ会ったことがないのに」
「噂と実態が一致していると、本物が多い。信長の噂は一貫している。奇抜だが筋が通っている。感情的に動いているように見えて、実は徹底的に計算している。そういう人間の評判は、実際よりむしろ低く伝わることが多い」
「大島様は、信長についていくつもりですか」
「……まだ分からない。でも、選択肢には入っている」
この頃、龍興体制下での戦が増えていた。
龍興が政を顧みない分、周辺の豪族が動き出していた。美濃の国境近くで紛争が起き、弓衆の出動が続いた。
永禄四年(一五六一年)秋。美濃北部の砦で、隣国の一団と小競り合いがあった。
雲八は十二人の弓衆を率いて砦に入った。相手は二十人ほどの武装集団で、砦の柵を越えようとしている。昼間だった。
「射るな」と雲八はまず言った。「大きな声で名乗れ」
「大島雲八、美濃弓衆の大将だ。貴殿らの狙いを聞こう」
相手が止まった。大島雲八の名は、美濃全土に知れ渡っていた。百歩穿貫の弓使い。かつて道三に「百二十歩先の的を射抜いた男」として語り継がれていた。
「儂らは食料を求めている。村が飢えている」と相手の大将が言った。
(飢えている……それは本当かもしれない。ならば対処が変わる)
「砦に入るな。代わりに、村の名と場所を言え。食料の融通ができるか確認する」
相手は少し驚いたような顔をした。攻撃を覚悟していたのが、交渉になった。
「……本当に融通できるのか」
「できるか確認する。できるとは言っていない。でも、できないと決まったわけでもない」
その場で一旦引かせ、翌日、関の郷の備蓄から米を一部回せることを確認した上で連絡を入れた。相手は矛を収め、その年の冬は穏やかだった。
お玲がその話を聞いて言った。「弓を使わないで片付けましたね」。
「弓は使わなかったが、弓を持っていたから交渉ができた。弓がなければ、相手は力で来ていた」
「弓は、弓を使わないための道具でもあるんですね」
(お玲はいつも、こういう切り口を返してくる)
「そうだ。それが、弓の本当の役割かもしれない」




