第33話 義龍の死と、龍興の時代
永禄二年(一五五九年)、義龍が死んだ。
享年三十五歳。道三の死から三年。雲八は五十一歳になっていた。
義龍の死の前月、最後に会う機会があった。義龍から「稽古場に来い」という命があり、城に上がると、義龍は一人で弓を持って立っていた。
「久しぶりに弓を引きたい」と義龍は言った。
二人で並んで的の前に立った。義龍は相変わらず力があった。引きが太く、矢の勢いがある。しかし的中率が若い頃より落ちていた。政を担う日々で、稽古の時間が取れなかったのだろう。
「大島、儂の引き方はどうだ」
「少し、力が先に出ています。引き分けの最後で、急いでいる」
「直せるか」
「はい。引き分けの終わりを、今より少し長くすることを意識すれば直ります。急がずに、満ちるのを待つ感覚で」
義龍はもう一本番えた。今度は中心に近い場所に当たった。
「……なるほど」
二人でしばらく矢を射た。黙って射た。沈黙は不思議と苦ではなかった。
「大島」
「はい」
「道三の最後の様子を、聞かせてもらえないか」
静かな問いだった。
(この質問をするのに、三年かかったか)
「道三様は……穏やかでした」と雲八は答えた。「最後の日に、二人で酒を飲みました。長良川が見える縁側で。道三様は笑っておられました。俺に向かって、『変な奴じゃったな』と言って笑っておられた。最後の言葉は『長生きせよ』でした」
義龍は黙っていた。
「道三様は——お前のことが好きだったと思う。変な奴と言いながら、本当に気に入っておられた」
「私も、道三様のことが好きでした。本当に好きでした」
義龍はそれ以上何も言わなかった。ただ弓を構え、矢を放った。今度は的の中心を射抜いた。
雲八も番えた。放った。中心を射抜いた。
二人の矢が、ほぼ並んで的の中心に刺さっていた。
翌月、義龍は病で逝った。その知らせを聞いたとき、雲八はこの稽古の日を思い出した。父と息子の間で何かが終わった後に、こうして二人で弓を引いた時間があった。その事実だけが、救いのように感じた。
後を継いだのは息子の龍興。当時十四歳だった。
実際に会ってみると、龍興は目に力がなかった。話し方に覇気がない。しかし雲八は少し違う見方をした。この年齢でいきなり当主になって、怯えているだけかもしれない。
雲八は龍興への臣従を申し入れた。「関の地を守れ」というそっけない返事が来た。
(龍興様は、細かいことに関心がない。それはある意味で楽だが、国としては危うい)
龍興の治世に入ってから、雲八は関の郷の内政に力を入れた。農業の改良。畦の形を変えて水はけをよくする。連作を避け、土地を休ませる。堆肥の作り方を農民に伝える。劇的な変化ではないが、確実に収穫量が上がった。
道三様が「飢えない国を作りたい」と言っていた。美濃全体は変えられないが、関の郷なら変えられる。それが雲八の答えだった。




