第32話 義龍体制と、生き残りの技術
道三の死後、美濃は義龍の支配下に入った。
雲八にとって最優先の課題は、大島家と弓衆の立場を安定させることだった。
(道三様の弓衆だったという事実は変えられない。でも、それを理由に粛清されるのは避けないといけない。どう立ち回るか)
三日考えた。お玲と話した。松とも話した。
出た結論は「正直に申し入れる」だった。
義龍へ臣従を申し入れた。使いを立て、「大島家は美濃の安定を望み、義龍様の御政道に従う」という内容の書状を送った。書状は正直に書いた。「道三様に長年仕えた身であることは隠しません。しかし私の目的は関の郷を守ることです。その目的を、義龍様の下でも同様に果たしたいと考えます」と。
返事は思ったより早く来た。「大島の弓は美濃に必要だ。引き続き、関の地を守れ」という内容だった。
(義龍様は実利を取る人だ。感情より判断が先に来る。それは正しく読めていた)
松に報告すると、松は静かに頷いた。「うまく立ち回りましたね」。
「うまく立ち回る、というより、正直に申し入れただけです。義龍様は賢い方ですから、下手な嘘や言い訳は通じない。だから正直に書いた」
「それが分かっているから、うまく立ち回れたんです」
松さんは、たまに鋭いことを言う。
義龍体制下での初めての戦いは、臣従から半年後のことだった。
美濃西部で、尾張の小豪族が国境を越えて略奪を行うという事態が起きた。義龍から「大島の弓衆で対処せよ」という命が来た。初めての「義龍の命令で動く」戦いだ。
雲八は十五人の弓衆を率いて現地へ向かった。
現場は山あいの村だった。尾張の一団は十数名で、村の倉庫から米を運び出そうとしていた。馬に荷を積んでいる。逃げる気はない。強奪するつもりだ。
(数は互角。ただし相手は馬がある。追いかけっこになれば厄介だ。馬を先に動けなくする)
雲八は弓衆を三手に分けた。一手は正面の道を塞ぐ位置に。一手は右の丘の上に。もう一手は退路を塞ぐ林の中に。自分は丘の上の一手を率いた。
全員が配置についたのを確認してから、雲八は声を上げた。
「そこの者たち。弓衆に囲まれている。荷を置いて帰れ。それだけでいい」
一団が動きを止めた。視線が飛ぶ。三方向からの包囲を理解した瞬間、馬を走らせようとした者がいた。
雲八はその馬の前方の地面に矢を撃ち込んだ。百十歩。丘の上からの長距離射。矢が地面に深々と刺さり、馬が驚いて立ち止まった。
「次は馬に当てる。その次は騎手だ」
声は平静だった。感情を入れない。淡々と、事実として言う。
一団が動かなくなった。しばらく間があった。それからひとりが荷を降ろし始めた。それを見て、他の者も続いた。
全員が荷を置き、引き返した。
村人が恐る恐る倉庫に近づき、荷が戻っていることを確認した。年老いた村長が雲八のもとに来て、頭を下げた。「ありがとうございます。矢を一本も射ることなく追い返した……」と言った。
「矢を使わないで済んだのが、一番の成果です」と雲八は言った。
新八がその夜「大島様の百十歩の射、本当に地面ぴったりに当たっていましたね」と言った。
「そこに当てるつもりで射た」
「ずれたら馬が怪我をしていましたね」
「ずれないように射った」
「……そういう自信、どこから来るんですか」
「毎朝引いているから」
(それだけだ。毎朝引けば、ずれない自信が育つ)




