第31話 関への帰還
関の郷に戻ったのは、戦から五日後だった。
帰り道は遠回りをした。義龍軍の検問が出ている可能性があったため、山道をいくつか変えながら進んだ。新八が先頭に立って道を確認し、安全だと判断してから先へ進む。それを繰り返した。
最後の山道を越えたとき、眼下に関の郷が見えた。
いつもと変わらない風景だった。田畑が広がり、屋敷の屋根が見えた。長良川の支流が光っていた。
(帰れた)
その二文字が、体から力を抜いた。松が「着いた」とだけ言った。新八は何も言わなかったが、足を止めて関の郷を見ていた。
大島家の屋敷に着くと、才蔵が出迎えた。顔に安堵の色があった。雲八を見た瞬間、何かを言おうとして、やめた。そのまま黙って顔を見た。
「無事だったか」
「なんとか。才蔵兄上は」
「こちらも問題ない。ただ——父上が」才蔵の表情が変わった。「戦の知らせを聞いてから、床に伏しておる。体の具合が悪いというより動揺を受けている様子だ」
(重長の父上が……道三様の死で倒れた)
雲八は父の部屋に向かった。
重長は床に横になっていた。顔色が悪い。しかし目は開いており、雲八が入ってくるのを見ると、静かに体を起こそうとした。
「父上、そのままで」
「……戻ったか」
「はい」
重長はしばらく雲八を見ていた。腕の傷の布巻きに気づいた。
「怪我は」
「少し。たいしたことはありません」
「そうか」
また沈黙。重長は雲八の顔から視線をそらし、天井を見た。
「道三様は……立派な方じゃった」
重長が感情を口にするのを、雲八はほとんど聞いたことがなかった。
「はい」
「あの方がいてこそ、大島家も弓衆として名が上がった。感謝しておった」
「……道三様も、父上のことを評価しておられました。大島家の弓が美濃一だと、何度もおっしゃっていました」
それは本当のことだった。道三は一度、「重長の息子だから、弓の才がある」と言っていた。
重長はゆっくりと頷いた。目を閉じた。眠くなったわけではない。ただ、閉じていたかったのだろう。
雲八は少し離れた場所に座り、しばらく父の傍にいた。言葉は何もなかったが、それで十分だった。
夕方になって、お玲が薬を持って来た。実家から戻っていたようだ。部屋に入り、雲八でなく重長を先に見た。「大丈夫ですか」と言った。重長は少し驚いた様子で嫁の顔を見た。それから「うむ」と短く答えた。
お玲は薬を置いて「少し眠られた方がいいですよ」と言い、部屋を出た。
重長が、ぼそりと言った。「良い嫁をもらったな」。
「はい」と雲八は答えた。声が、少し詰まった。




