第29話 道三の死
道三の最期を知ったのは、翌日だった。
長良川の河原に倒れ、義龍軍の兵に討たれたという。享年六十二歳。信長に送った書状の中で「美濃を信長に譲る」と書き残したとも聞いた。最後まで先を見ていた人だ、と雲八は思った。
知らせを受けたのは、山中の隠れ場所だった。使いが来て、短い言葉で告げた。「道三様、長良川の河原にて御討死」。
雲八は動けなかった。
(……逝かれたか)
分かっていた。ずっと前から分かっていた。歴史を知っていたから、この日が来ることを知っていた。でも、分かっていても、実際に聞くと——
言葉が出なかった。声が出なかった。ただ座っていた。
松が隣にいた。仁助も、辰之助も、新八もいた。誰も何も言わなかった。春の山は静かで、鳥だけが鳴いていた。遠くに長良川の音がした。その川で、道三は逝った。
雲八は目を閉じた。
道三の顔が浮かぶ。縁側で酒を飲んでいた横顔。「面白い奴じゃ」と笑った目。「長生きせよ」と言った声。三十年の記憶が、なだれのように流れ込んできた。稽古場で弓を教えてもらった最初の日。初めて百歩の的を射抜いたとき。長良川の合戦の前夜、二人で酒を飲んだあの縁側。
(道三様。俺はあなたのことが好きでした。師として、父として、友として。変な主従でしたけど、俺にとっては最高の三十年でした。本当に、最高だった)
目の端が熱くなった。こらえた。道三が「泣くな」と言っていたから。しかし、こらえるのに時間がかかった。
辰之助が何かを言おうとした。松がそれを目で制した。今は黙っているのが正しい。皆がそれを分かっていた。
長い沈黙の後、新八が静かに言った。「これから、どうするんですか」。
雲八は目を開けた。新八の顔を見た。この少年——弓衆に入ってまだ日が浅いが——が真っすぐに雲八を見ていた。泣いていない。しかし目に何かが浮かんでいた。
雲八は立ち上がった。膝が少し震えたが、立てた。
「美濃に残る。大島家を守る。関の地を守る」
「義龍様の下につくんですか」
「……今は、それしかない。でも」
(義龍様も、長くはない。史書が教えてくれている。あと数年だ)
「義龍様も、長くはない」
誰も何も言わなかった。雲八の言葉の意味を、完全には理解していないかもしれない。それでも、師匠が立ち上がったことで、弓衆全員が立ち上がった。
それで十分だった。
(続く)




