↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百歩穿貫(せんかん)の再誕  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/39

第26話 嵐の足音

 弘治元年(一五五五年)の秋。雲八は四十七歳だった。


 義龍が動き始めた、という噂が城下に流れ始めた。


 表向きは静かだ。義龍は相変わらず道三に礼を尽くしている。だが雲八の目には、その礼儀が以前と変わって見えた。以前の義龍の礼儀は「父への複雑な感情を抑えた上での礼儀」だった。今の義龍の礼儀は「決意した後の、形式だけの礼儀」に見えた。目が、別の場所を見ている。


 (義龍様は、もう決めている)


 それを確信したのは、ある軍議の席だった。


 美濃の国境防衛の話をしていた最中に、義龍が言った。「美濃の守りは父上にお任せするより、若い者が担った方がよいかもしれません」。穏やかな言い方だったが、その場にいた全員が空気の変化を感じた。道三だけが、いつも通りの顔をしていた。


 軍議の後、松が雲八に小声で言った。「来年か、再来年か」。雲八は頷いた。


 弓衆の中でも、動揺が広がっていた。道三側につくか、義龍側につくか——明言する者はいなかったが、それぞれが自分の選択を考えていることが雲八には分かった。


 雲八は弓衆を集め、言った。


 「今から言うことは、命令ではない。私の考えだ」


 全員の目が集まった。


 「弓衆は道三様の弓衆として作られた。道三様が私に名前を与えてくださり、この組を任せてくださった。その恩を、私は忘れない。もし事が起きれば、私は道三様の側につく。だが——それを全員に強いるつもりはない。各自が自分の家族と立場を考えて、選択していい」


 沈黙。


 松が言った。「私は大将についていきます」。

 仁助が言った。「私も」。

 辰之助が言った。「当たり前です」。少し怒っているようにも見えた。

 新八が言った。「大将が道三様の側なら、俺もそっちです」。


 (全員か……ありがたい。そして、申し訳ない)


 「ありがとう」と雲八は言った。「ただし、命を粗末にするな。生き延びることを優先しろ。弓衆は戦場に立つ必要はない。矢を射る立場でいろ」


 新八が「矢を射ることが俺たちの仕事ですから」と言った。


 (そうだ。それだけでいい)


 その夜、雲八はお玲に「もし戦になったら、一時的に関の実家に戻っておいてほしい」と言った。


 お玲は少し考えてから、頷いた。「分かりました。でも、終わったら必ず帰ってきてください」

 「帰る」

 「必ずですよ」

 「必ず帰る」


 お玲は雲八の顔を少し見ていた。それから「信じています」と言った。


 雲八は翌朝も稽古場に立った。百歩先の的を、迷いなく射た。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。