第22話 夫婦の話と、新八という少年
夫婦になってみると、お玲は想像していた以上に面白い人だった。
薬屋の娘らしく、薬草や体の仕組みについての知識が豊富だった。雲八が稽古で腕を痛めて帰ると、何も言わずに薬を出して手当てをしてくれる。「どうしてこんなに詳しいんですか」と聞くと、「父が薬を売る人間の娘が体の仕組みを知らないのは恥だと言っていましたので」と答えた。
(この人、父親の影響をよく受けてるな。良い意味で)
夜の話も面白かった。
お玲は話を聞くのが上手かった。相槌が適切で、聞いている間に自分なりの意見を持ち、それを遠慮なく言う。雲八がこの時代の常識からずれた発言をしても——たとえば「矢の品質管理が重要だ」とか「報告はファクトとオピニオンを分けるべきだ」とか——笑って「それはどういう意味ですか」と聞いてくる。
「品質管理、というのはよく分からない言葉ですが」
「品物の出来栄えを一定に保つための仕組み、という意味です」
「ああ、父の薬屋でも似たことをしていました。薬の調合の割合を決めておかないと、効き目がばらつくので。毎回同じように調合するための台帳を、父は大事にしていました」
「そうです、まさにそれです。矢も同じで、重さと長さと羽根の角度を揃えると、同じ引き方をしても毎回同じ場所に飛ぶ」
お玲は頷いた。「では品質管理というのは、昔からある考え方なんですね。名前がないだけで、どこでもやっていることなんですね」
(この人、俺が変な言葉を使っても、内容で理解しようとする。それがありがたい)
康介の前妻は、康介の「変な話」を煙たがった。忙しいとき、疲れているとき、「また始まった」という顔をされることが多かった。それが積み重なって、少しずつ二人の間に隙間ができた。お玲は違った。どんなに変な話でも、まず聞く。理解しようとする。そして自分の言葉に置き換えて返してくる。
(この人と一緒にいると、楽だ)
その安心感が、前の人生では知らなかったものだった。
夫婦になって半年後、新八が来た。
十六歳の少年。道三が連れてきた。「またか」と思ったが、今回の少年は辰之助とは少し違った。辰之助は「弓が好き」という素直さがあった。新八は「弓で食ってやる」という意地があった。目に火があった。
「弓衆に入りたい」と新八は言った。農民の倅にしては、目に力がある。背が高く、骨格もしっかりしている。弓を持たせれば映えそうな体格だ。
「なぜ弓衆か」と雲八は聞いた。
「弓しか取り柄がないからです」
「弓の腕を見せてみろ」
矢を渡して的の前に立たせた。五十歩の的。新八は一瞬的を見て、迷いなく放った。的の端に当たった。芯ではない。しかし迷いのない射だった。
「もう一本」
また端だった。同じ場所に。
(意図して同じ場所に当てているのか? 試しているのか?)
「今度は中心を狙え」
「さっきも中心を狙っていました」
「では、なぜ端に当たっている」
「分かりません。でも同じ場所に当たっているなら、原因は一つのはずです」
(この少年、自分の射を客観視できる)
雲八は少し前に出た。新八の構えを横から見る。引き分けの軌道が少し外に流れている。それだけだ。
「引き分けるとき、左肘が外に逃げている。肘の内側を、的の方向に向けながら引け」
「どうやって」
「意識の問題だ。最初はぎこちない。でも繰り返せば体が覚える」
新八は黙ってもう一本番えた。今度は的の中心に当たった。
「……なるほど」
新八の「なるほど」は、辰之助の「はい!」とは違う。理解したことへの確認の言葉だった。言われたことを鵜呑みにするのではなく、自分の中で腑に落としてから受け取る性質だ。
「明日から来い。一から教える」
「はい」
返事は短かったが、目が真剣だった。雲八は内心で小さく笑った。
(辰之助は「師匠に追いつく」という弟子だった。新八は「自分で正解を見つけていく」という弟子になる気がする)
その夜、お玲に新八の話をした。
「面白い少年が来た。素直じゃないが、頭がいい」
「辰之助さんとは違う種類の頭の良さですか」
「辰之助は体で覚えるタイプだ。新八は頭で整理してから体に落とすタイプだと思う」
「どちらが教えやすいですか」
「どちらも難しいが、違う難しさだ。辰之助は気持ちで引っ張れる。新八は理屈で説明しないといけない気がする」
「あなたは理屈で説明するのが得意でしょう。むしろ合ってるかもしれません」
(そうかもしれない)
お玲は「やりがいがある弟子が来たということですね」と言って、お茶を出してくれた。雲八は頷いた。
(続く)




