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百歩穿貫(せんかん)の再誕  作者: みぎみみ


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20/21

第20話 お玲という人

 お玲と最初に会ったのは、偶然だった。


 関の郷への帰り道、馬の蹄が石を踏んで脚を痛めた。大した怪我ではなかったが、急いで走らせるのは良くない。仕方なく手綱を引いて歩いていると、道沿いの薬屋の前で女性が薬の瓶を落とした。


 ぱりん、と音がして、瓶が割れた。


 その女性は一瞬固まり、それから割れた瓶の破片を静かに拾い始めた。慌てた様子もなく、しゃがみこんで丁寧に一枚一枚拾っている。ため息もつかない。怒りもしない。ただ淡々としていた。


 雲八は馬を脇に繋ぎ、近づいた。


 「手伝いましょうか」

 「ありがとうございます。でも、割れた瓶の扱いには慣れていますので」


 顔を上げた。二十八、九歳ほどの女性だった。目が利発そうで、少し困ったような笑いを浮かべている。


 「慣れているというのは?」

 「父が薬屋でして。子供の頃から瓶を割っては怒られてきましたので、怒られすぎて今は怒られなくなりました」


 (なんか、面白い言い方をする人だな)


 「怒られすぎると怒られなくなる、というのは理にかなっていますね。相手が呆れるんでしょう」

 「そうなんです。父が諦めたんだと思います。先月も一本割りましたし」


 女性はくすくすと笑った。雲八も少し笑った。


 破片を一緒に拾いながら、話した。彼女の名前はお玲。父は関の薬屋で、兄が跡を継いでいる。今日はその兄の使いで薬を届けに来たが、うっかり一本落としてしまったという。


 「武士の方が手伝ってくださるとは思いませんでした」

 「馬が脚を痛めて歩いていたんです。急いでいなかったので」

 「馬は大丈夫ですか」

 「大した傷ではないと思いますが、急いで走らせるのは気が引けて」


 お玲は立ち上がり、馬を見た。それから「少し待ってください」と言って薬屋の中に入り、しばらくして小さな布袋を持って出てきた。


 「これを蹄の周りに塗ってやってください。傷の炎症を抑えます。蹄の際に染み込むよう、少し押しながら塗るといいですよ」

 「……どうもありがとうございます」

 「薬屋の娘ですから。馬も人も、傷を放っておくといけないのは同じです」


 (当たり前のように言うな。媚びた様子がない)


 お玲はそう言って、軽く頭を下げた。雲八が馬の蹄に薬を塗りながら礼を言うと、お玲は「それより馬が痛そうにしていませんか」と覗き込んだ。馬の顔を見て、「この子、我慢強そうですね」と言った。


 「本当に馬の顔が分かるんですか」

 「分かりません。なんとなく、そう思っただけです」

 「それは……正直ですね」

 「嘘をついても仕方ないので。分からないことを分かるふりをするのが一番よくないと思っています」


 雲八は思わず笑った。久しぶりに、心から笑った気がした。


 「大島雲八と申します。道三様の弓衆です」

 「存じております。百歩穿貫の弓使いですね。名前はよく聞いています」


 名が広まっているのは知っていたが、こうして自然に言われると、少しくすぐったい。


 「大げさに伝わっているかもしれません」

 「どうなんですか、実際は」

 「……百二十歩くらいなら当たります」

 「大げさどころか本当だったんですね。大げさに伝わっているどころか、少なめに伝わっていたんですね」


 お玲はまた笑った。雲八も笑った。


 「馬に薬を塗りながら笑っているのも変ですね」とお玲が言った。

 「確かに」と雲八も言った。「でも、悪くないです」


 その後も少し話して、お玲は「届け物の続きがありますので」と言って去っていった。雲八は馬の手綱を取りながら、その後ろ姿を見ていた。夕暮れの市の人波の中に溶け込んで、見えなくなった。


 (辰之助の言った通り、商家の人間だ。しかも、俺の話を不思議がらずに受け取った。百二十歩などと言えば普通は驚くものだが、「少なめに伝わっていた」と笑って返してきた)


 帰り道、雲八は何度か振り返った。もうお玲の姿はなかったが、なぜか足取りが軽かった。馬の蹄の様子も、少し軽やかになっていた。


 (お玲さんの薬、効いたかもしれない)


 それが素直な感想だった。



(続く)

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