第17話 嵐の前
天文十七年の冬は、穏やかだった。
戦の後の美濃は静かで、道三の支配が安定していた時期だ。城下の市が賑わい、農村では稲の刈り入れが終わり、人々の顔に少しだけ余裕があった。
(この平和がいつまでも続けばいいのに)
雲八は分かっていた。続かない。
美濃の「蝮」道三と、その息子・義龍の対立は深まっていく。この静けさは嵐の前だ。あと八年ほどで、長良川の戦いが来る。
しかし今は、今だ。
弓衆の大将として、雲八は毎日稽古場に立った。自分が引き、弓衆の射を見て、辰之助を指導した。矢の改良を続け、弦の研究を続けた。
(できることを、今できる場所でやる。それだけだ)
ある日、重長の父から手紙が来た。
「雲八の活躍、関の郷まで聞こえたぞ。誇りに思う」
たったそれだけの文だったが、雲八は何度も読んだ。
(父上……ありがとう)
重長は口数が少ない。手紙もきっと、これ以上の言葉が出てこないから、これだけ書いたのだろう。それで十分だった。
道三との夜話が増えた。
二人で縁側に座り、酒を飲みながら話す。戦の話、政の話、美濃の将来の話。時折、道三が笑い、時折、雲八が笑った。
「わしは子供の頃、何になりたかったと思う」
ある夜、道三が聞いた。
「……油屋ですか」
「違う。商人になりたかったのではない。豊かになりたかったんじゃ。腹一杯飯を食えるくらいに」
(道三様が子供の頃、貧しかったことは史書にある)
「……今は、腹一杯食えていますか」
道三は笑った。「食えすぎて、体が悲鳴を上げておる」
二人で笑った。
「雲八、お前は何になりたかった」
「……弓使いです」
「今なっておるではないか」
「ええ。なれました」
道三は満足そうに頷いた。「よかったな」
(よかった。本当に、よかった)
雲八は空を見た。冬の星が、くっきりと出ていた。
三島康介として生きた四十三年と、大島光義——大島雲八——として生きているこの時間。両方が本物の自分の人生だと、今は心から思えた。
まだ四十歳だ。あと五十三年ある。
(やること、山ほどあるな)
雲八は静かに笑い、杯を傾けた。
(続く)




