99 推しと説教
顔のすぐ側で低い声が耳朶を震わせた。
その吐息の近さに、思わず首をすくめる。
「──っ!ゼロ?
あれ?もう、訓練終わったの?」
「終わった。
んで戻って来てみりゃ、お前がロイドを襲ってるとこだったってわけだ。」
ゼロはそう呆れたように言うと、腰に回された腕を離して、立ち上がり腕を組んだ。
私はベッドの上の定位置に戻り、捲れ上がってしまった布団を掛け直しながら反論した。
「お、襲ってないよ!?
ちょっと興奮して近づいちゃっただけでっ!」
「言い方な。
淑女が興奮とか言うんじゃねぇよ。
はしたねぇ。アリスにチクるぞ?
んで、自分の格好も考えて行動しろ。
……被害者を増やすんじゃねぇよ。」
格好と言われ自分の姿を見る。
今日は少し胸元が開いているネグリジェを着ていた。
そろそろとロイドに視線を戻すと、彼の顔が耳まで真っ赤に染まり顔を背けている。
羞恥でつられたように私も顔を赤く染めた。
「……えっと、ごめん。ロイド。」
「いや、ほんと。気をつけなよ。
無防備過ぎるんだって。」
溜息をつきながら疲れたように言うロイドに、申し訳なく思った。
だが──。
「あはは。そうだね、気をつけるよ。
で、それはそれとして紹介してくれるってことで良いんだよね?
言質とったからね!?」
「まぁ、紹介くらいはするけどさ。
……姫さん、さっきのって計算?」
疑いの眼差しを私に向ける彼に、私は眉根を寄せた。
「流石にそれはないよ。
色仕掛けなんて私には無理だもん。」
「本当か?頼むぞ?俺の胃に穴が開いたらどうしてくれる。」
疲れたようにそう呟くゼロに私は苦笑した。
「信用ないなぁ。」
「お前、前科があんだろうが。」
「えー……姫さんやった事あんの?」
ロイドは心なしか引いている様子で盛大に顔を引き攣らせている。
「で、だ。──なんでこの部屋にロイドがいる。」
ゼロは少し眉根を寄せ不機嫌な口調で私達に問いかけた。
不機嫌なのは珍しいなと思いつつ、私は事の経緯をきちんと説明する。
「ロイドがお見舞いに薬膳茶を持って来てくれたの。
で、ついでにその薬膳茶も淹れてもらったんだよ。
この薬膳茶飲んだら、体の芯から温まってさっきより調子良くなったの!
作ったの魔族の人なんだって。
魔法具作ってる人と一緒に紹介してもらおうってお願いしてた所だったんだよ。」
ゼロはそれを聞くと額を手で押さえ深い深い溜息をつく。
「まず、ロイド。夜に王宮に忍び込むなよ。
影に見つかりでもしたら大事だろうが。
常に万が一のことを考えて動け。
魔族だからって慢心はすんなよ。」
ゼロが先生のようにロイドに説教をすると、ロイドはそれはもう嬉しそうに満面の笑みで返事をした。
「はいっ!!肝に銘じます!」
推しから直接の言葉はたとえ苦言であっても嬉しいらしい。
重症だ。
「で、フィーネ。
夜に男を部屋に連れ込むな。無防備が過ぎる。
ロイドだから安心、じゃぁねぇんだよ。
せめて誰かを側におけ。
いないなら入れるな。
……あとでお仕置きだからな。」
淡々と真面目に説教をしていたゼロだったが、最後の一言だけは、私の耳元に顔を寄せ小声で囁いてきた。
いつもよりも低い声と内容が恐怖と不安を煽り、私は顔を引き攣らせながら謝った。
「ひぃ!ご、ごめんなさい。」
その言葉を聞くとゼロは私から離れ、また1つ溜息をつくと私を見ながら自分の赤髪をガシガシと掻き乱した。
「ったく。勘弁してくれよ。
目を離したらすぐこれだ。
ロイド、お前そろそろ帰れ。
──家の近くまで転移で送ってやるよ。」
「──え、ゼフィロス様が送ってくれるんですか!?
まじか。お、お願いします!」
「ゼロ、なんかロイドに甘くない?
あ!推しって言われたのが地味に嬉しかったのね?
いいなぁ。私も推しです!とか言われてみたい。」
ゼロはジトっとした目で私を見ると、私の額を人差し指でトンと押した。
「フィーネ、戻ってきたら覚えとけよ?」
(しまった。余計なことを言った!)
ゼロの刺すような視線を全力で避け、私は引き攣った顔のまま別れの挨拶をした。
「じ、じゃぁ、ロイド、また明後日のお茶会で!」
「ああ!また明後日な!
じゃぁ、ゼフィロス様、お願いします!」
ニコニコと満面の笑みで転移されるロイドに、自然と笑みがこぼれ、手を振った。
次回は記念すべき100話です!
ゼロからのお仕置きが待ってる……かも?
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