96 薔薇の檻
「おい!ラウール!」
私とラウール様を薔薇の花と棘のついた蔦がドーム状に覆い、あっという間に外が見えなくなる。
いくつも咲いている薔薇は、まるで灯籠のように優しい光を放ち、ドームの中を照らしていた。
ゼロは外から何か言っているのか、声が微かに聞こえる。
「フィーネ。」
ラウール様が私を呼ぶ。
低く怒りのこもった声に、身体がビクッと跳ねた。
怖くて目を合わせられない。
俯いてぎゅっと、膝の上に掛かっている布団を握りしめた。
「フィーネ。俺を見ろ。」
そろそろと顔を上げ、眼鏡の奥の濃いアメジストの瞳と視線を合わせた。
「随分と、ふざけた思考をして結論を出したんだな。
フィーネがいなくなって『リリス』が復活することがこの世界の『最適解』か……。
確かに、そうすれば大体の問題は解決するだろうな。
ゼフィロスや俺たちが、『リリス』が『フィーネ』に成り変わることを受け入れないこと以外は。」
「……え?」
「なぜ、そう不思議そうにする?受け入れるわけがないだろう。
記憶を引き継いでも、お前が消えたらそれはもう『フィーネ』じゃない。
──俺たちは、どんなことをしてもフィーネを取り戻そうとするはずだ。」
私はラウール様のその言葉に疑問を呈した。
「──どうして、ですか?
記憶があれば、『リリス』なら上手くやります。
そもそも、私はリリスの魂の一部なんですよ。
だから、似てるところも沢山あるし、問題はないって思ったんです。」
ミシッとベッドが軋む。
ラウール様は、片膝をベッドに乗せ私の両頬に手を添えてぐっと自分の方に引き寄せた。
その瞳に、怒りとやるせなさが滲んでいた。
「上手くやる、か。
お前は随分と俺達をなめているんだな。
俺達がフィーネと関わるようになって日は浅いが、それでもお前に対する想いはとてつもなく大きいものだ。
『フィーネ』を消した敵を受け入れるわけがない。」
「敵……?仲間、じゃないんですか?」
「お前を消すなら『リリス』は『敵』に決まってるだろう。
なぁ、フィーネ。
自分の価値を知ってくれ。
俺が……俺達が、どれだけお前を想っているかちゃんと知ってくれ。
この世界を敵に回しても、俺達は『フィーネ』が欲しいんだよ。」
「私の、価値……?」
「これから、たくさん愛されたらいい。
……愛してやろう。
そうすれば分かるようになる。
自分の価値も、その命の重みも。」
頬をすりすりと、指で撫でながらそう言ったラウール様の瞳は、いつもの冷静な色はなく、ジリジリと焦がすような熱い瞳をしていた。
その瞳から逃れることができない。
「──っ、ら、ラウール様?」
蚊の鳴くような声で彼の名を呼ぶ。
するとラウール様ははっとしたように、私から離れるとベッドから立ち上がり咳払いをした。
「──妹として、な。
さて、そろそろゼフィロスが痺れをきらすところだな。」
そう言うと、ゼロの声が聞こえる方に目をやった。
「ラウール様。
私は、聖女で、リリスの一部で。
代替えが可能じゃないですか。
自分の価値って言われても、正直、分からないんです。
……だから、これからも間違うかもしれない。
違うって思ったら、怒ってください。
ラウール様に怒られるの、怖いから。
それで、ちょっとずつでも分かるようになりたいです。
自分の価値ってなんなのか。」
「怒ってくれと言われたのは初めてだな。
そうだな。怒るのは俺の役目だ。
まったく、手のかかる妹だな、フィーネは。」
ラウール様は、目を細め私の頭を撫でた。
まるでアリスを見ているかのような優しく慈愛に満ちた笑みだった。
でも、その中に少し違う色が見えたのは気のせいだろうか。
パチンと指を鳴らすと、あたりを覆っていた蔦と薔薇の花がサラサラと消えていく。
その途端、ゼロの声が鮮明に聞こえるようになった。
「ラウール!お前、急にぶん投げんなよ!
んでフィーネを拉致すんじゃねぇよ!
びっくりしただろうが!」
そう言うとベッドの上にぴょんと飛び乗り、私の膝の上にちょこんと座ったので、私はゼロのふわふわの毛並みを撫でた。
「はは!悪い。
説教するのに、ゼフィロスは邪魔だったからな。」
ラウール様も私と同じように膝の上のゼロをよしよしと撫でた。
ゼロは驚いたのか、ビシッと体が石のように固まってしまった。
「なるほどな。確かにこれは癒しだな。ふわふわとした毛並みと暖かさの感触に、手のひらほど小さく可愛い見た目。
庇護欲をそそるようにデフォルメしてあるのか。
これは、フィーネがのめり込む理由が分かる。」
プルプルと怒りのあまり震え出すゼロに、私はそっと撫でていた手をどけた。
すると、ゼロが引っ掻こうとしているのか、前足を振り上げながら、ラウール様の顔に向かって飛びかかった。
「おっと。危ないじゃないか、ゼフィロス。」
クックッと笑いを漏らしながら、顔に前足が当たる寸前に、ゼロの身体を片手でキャッチした。
「おお……すごい反射神経。」
私が感心していると、ゼロを肩に乗せて私の頭を撫でた。
「俺もそろそろ執務室に戻る。
フィーネ、来週の休みに調査結果の精査をしよう。
まぁ、その前にダンスの練習だがな。
ゼロはグレン達の所へ送ってやる。
その足の短さでは時間がかかるだろう?」
「くそっ。お前、揶揄ってるだろ。」
「はは。そう思うか?
まぁ、その通りだが。」
ラウール様の服の肩の部分が、ゼロの爪によって無惨なことになっている。
「フィーネ、明日の為にもちゃんと休んでおくんだぞ?」
「そうだぞー!
俺が戻るまでちゃんと布団に入っとけよ!」
「ふふ。うん。分かってる。
おやすみなさい、ラウール様。」
「あぁ。おやすみ、フィーネ。」
ラウール様はそう言って、私の頭をひと撫でするとゼロを連れて部屋から出たのだった。
フィーネが自分の価値に気づき、愛を素直に受け取ることができるのはいつになるのか。これからのフィーネの内面の成長や、ラウールの思いも丁寧に書けたらとおもいます。




