92 夢
気がつくと私はふわふわと空中を漂っていた。
辺りを見回すと、そこは天井の存在しない書庫だった。
見上げれば、夜空いっぱいの星が静かに横たわっている。
遠く離れた最奥の棚に意識を向けた瞬間、距離の概念が狂ったように、その本棚が目の前に迫ってくる。
本棚に置かれている一冊の本が、まるで脈打つ心臓のような音を出しながら、金色に光っていた。
微かにどこか懐かしい気配を、その本から感じた。
手を伸ばしてその本を取ろうとするが、すり抜けて触れる事ができない。
──あぁ、夢か。
そう気付いた瞬間、私の意識は現実へと戻っていった。
♢♢♢♢♢♢♢
「……ん」
目を開けると、黒いふわふわが私の視線の先にあった。
手を伸ばして、引き寄せて抱きしめる。
暖かい陽だまりのような体温が心地よく、ほっと息を吐いた。
「またかよ。おーい。フィーネ。
目ぇ覚めたんなら一旦起きろ。
なんか腹に入れたほうがいい。
薬も飲まねぇと。」
腕の中からそんな声が聞こえたので、働かない頭で一応返事をした。
「……ん。わかった。」
「分かってねぇやつだろ、それ。
まぁ、熱出てるしな。今日は仕方ねぇ……おい。」
私は何やら言っているふわふわに顔を持っていき、スリスリした。
「……無防備もいい加減にしねぇと──襲うぞ?」
「ん……。」
微睡の中、返事をする。
(今なんて言ってたかな。あぁ、おきなきゃ……)
「はぁ。こんにゃろう。俺を試してんのか?
なにがスリスリしないように気をつけるね、だ。
全然治ってねぇじゃねぇかよ。」
ブツブツと文句を言いながら、ゼロはモゾっと腕の中から抜け出すとベッドがミシッと軋んだ音がした。
私の額に手を当て、「まだ少し熱いな。」と独り言を言うと、その手を頬に滑らせ、耳にかかっていた髪を退けた。
そのまま耳をスリスリと指で触れる。
私はくすぐったくて、重い瞼をゆっくりと開けた。
「ん……。」
「起きたか?よかったなぁ。襲われなくて。」
人型に戻っていたゼロが、小さく溜息をついた後、ジトっとした目をして言った。
「襲う?誰が?」
ぼーっとしながらゼロを見ると、げんなりした顔で私を見て、デコピンをした。
「痛っ!酷い!なにするのよ!」
「酷いのはお前だ阿呆フィーネ。
ほら、いったん起きて水飲め。
昼は粥を作ってくれるってよ。
もうすぐ持って来る頃だ。
それ食べたら薬飲んでもう一眠りしろ。」
頭を撫でながらそういうゼロに、私は体を起こして水を飲んだ。
飲み終わると、あ!と声を上げる。
「ゼロも、『食事』しないと!今飲む?」
「あのなぁ。熱出てるやつにそんなことできるかよ。
熱下がったら飲むからいい。
夕方、アリス達が見舞いに来るんだろ?
それまで大人しくしてろよ。」
「……分かった。ごめんね、ゼロ。
あ──。猫ちゃんに戻る前に、紙とペンとってくれない?」
「おい。大人しくしてろっつったよな。」
「忘れないうちに書いときたいの。──夢を見たから。」
「夢?なんのだよ。」
「夢の中の書庫に光る本があったの。
あの夢は、きっとリリスが見せたものだと思う。
だったら多分──あそこに『ネロ』か『ティナ』がいる。」
ゼロは驚きで目を見開いた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
お昼を食べ、夕方までぐっすり寝た私の熱は平熱まで下がっていた。
私は軽く身だしなみを整えると、みんなが来るまでの間、ベッドの上で私宛の手紙を選別をすることにした。
10通ほどあったが、その殆どは私へのパーティの招待状や、婚約の打診だった。
「おいおい。婚約の打診って陛下が全部断ったんじゃねぇのかよ。」
「陛下がダメなら直接私に言ってみようっていうのは自然だよ。
にしても、この2つはどうするべきかな。」
一つは1ヶ月後にあるランティス侯爵家の夜会の招待状、
もう一つは、2週間後にあるグラナード侯爵家のガーデンパーティの招待状だ。
ランティス家の方は行くしかないだろう。
この夜会までに、私とロイドの仲睦まじい様子を見せ、ベアトリス様への無理な婚約を防ぎつつ、影を使って人身売買の証拠を掴む。
ただ、問題はその先ベアトリス様をどうするかだ。
人身売買は重罪だ。だが侯爵家を取り潰す程のものではない。
仮にベアトリス様の死罪を回避したとして。
ロイドは養子で元平民。侯爵家を継ぐ事はできない。
直系はベアトリス様ただ一人。
だが、彼女に侯爵家を任せるのは難しい。
なぜならこの世界は女性が爵位を持つ事は殆どないからだ。
彼女の意思とは関係なく適当な夫をあてがい、その夫が侯爵家を継ぐ事になるだろう。
傍系に侯爵家を継げる人材がいればいいけれど、そうなればベアトリス様は政略結婚で家を追われる事になる。
どのルートになってもロイドの希望に沿うことは不可能だ。
だが私の希望と、彼女の希望が一致すれば、あるいは──。
トントンとベッドに置いた招待状を指で叩きながら、そんなことを考えていると、ゼロが私をじっと見つめている事に気づいた。
「ん?どうしたの?」
「わっるい顔して、何企んでる?」
呆れたようにそう言うゼロに、私はパチパチと瞬きをすると小首を傾げた。
「え?そんな悪い顔してた?やだー。」
「何がやだーだ。はぁ……無茶する時はちゃんと俺には言えよ。」
心配そうに私に擦り寄るゼロの身体を撫でる。
可愛さが限界突破だ。
「ふふ。分かってるよ。
こっちは殿下とラウール様の意見を聞かないとなぁ。
──時間が微妙にないのは嫌がらせかなぁ。
私忙しいんだけど。」
ぴらぴらとグラナード家の招待状を持つと、溜息をついた。
「普通に断ったらいいんじゃねぇの?」
「うーん。そう言うわけにもいかないんだよ。
グラナード家は一応王家の血を継いでるの。
昔、愛妾から産まれた第4王女が、騎士との間に子供を作って、駆け落ちしかけてね。
その騎士に末端の爵位を与えて王女を降嫁させたの。それが グラナード家の始まり。
そこから代々いろんな手を使って今の侯爵まで成り上がった。
そして今は『公爵』の位を狙い始めてるってわけ。」
「へぇ。けど、それがパーティに行かなきゃいけねぇ理由になんのか?」
首を傾げるゼロに、彼らにとっての私の『価値』を説明する。
「隙を与えないように、かな。
私は一応公爵家の名前を持ってることになってるでしょ?
だから、私を手に入れるって事は、『聖女』の肩書をもつ、『公爵令嬢』を手に入れるって事になる。
つまり、自分たちが『公爵』になる最高の駒が私なの。
もし私が彼らを無視したら、アリスに目が行くかもしれない。
それに──ちょっとこの家きな臭い気がするんだよねぇ。
だから出来るだけ、ちょこっと関わって炙り出してみようかと思ったり?」
「またそういうことを……ラウールにチクるぞ。」
「いやぁ、でもこれに関してはラウール様も同じ意見かもよ?なんたってアリスに関わることだしね。」
「──どうかな。賭けるか?アイツが賛成するか、反対するか。」
ニヤリとしながらそう言うゼロに、なんだか勝ち目がない気がしてくるのは何故なのか。
その時、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
私は、はーい!と返事をしながら、手元の手紙を片付けるのだった。
フィーネの寝起きの悪さは治りません。笑
寝ぼけてて適当に返事をしちゃうのあるあるじゃないですか?
「続きがよみたい!」「面白い!」と思って頂けたらページ下部の【★★★★★】で評価と、ブックマークをしていただけると、執筆の大きな力になります……!ご協力よろしくお願いします!




