88 『正しい』選択
side:ゼロ
魔法陣の中のフィーネは、金の魔力の奔流にピンクブロンドの柔らかな髪をふわりふわりとゆらめかせ、恐ろしいほどに綺麗だった。
そしてフィーネの浮かべるその笑顔を見た時、俺は『間違えた』んだと血の気が引いた。
今日、フィーネが何度か不安そうな瞳を俺に向けていた事に気付いていた。
けれど、その不安をどうせ俺には話してはくれないだろうと、グレン辺りに相談するだろうと、放っておいたのだ。
そして、友とまた会えた事が嬉しくて、昔に戻れるような気がして浮かれていた。
フィーネは、俺が過去と今を重ねていた事に気付いたんだろう。
だから今、俺の前で笑っている。
──今にも壊れそうな、そんな笑顔で。
「この花の名前は、『ダイヤモンドリリー』。
花言葉は──『また会う日を楽しみに。』」
「ゼロ。リリスの名前を呼んで。
そうすれば、この魔法は完成する。
そうしたら、リリスが帰ってくるの。
また、会えるんだよ。」
リリーが戻ってくると分かって、心に湧き上がってきたのは歓喜ではなく恐怖だった。
フィーネが、いなくなってしまう。
それがとてつもない恐怖となって襲いかかってくる。
リリーの魂は強い。
あいつはフィーネの中で自我を保ったまま存在している。
表に出てくればフィーネの自我は消え、記憶だけを残してリリーに上書きされてしまうだろう。
そうなれば、もうソレはフィーネじゃない。
あの甘ったるい香りも、血も。
拗ねた顔も、怒った顔も、俺の側で無防備に笑う顔も見れなくなる。
ほとんど力なんて使えないくせに、いつも無鉄砲で目が離せないフィーネは、いなくなる。
──死ぬまで手を離さないと決めた、愛おしいフィーネが。
──消える。
ゾッとした。
身体が震えて、息がしづらい。
あいつの笑顔が、まるでもう終わりなのだと言っているようで── ギリッと歯を食いしばり、フィーネを見た。
(リリスの思い通りになんかさせねぇ。
──奪われて、たまるか)
「こっちへ来い、フィーネ。
俺は絶対にあいつの名前なんて呼ばねぇ。
そこにいても時間の無駄だ。」
「──っ!どうして?
ねぇ、ゼロ。これはきっと最初で最後のチャンスなんだよ。
これを逃したら二度とリリスに会えなくなっちゃう。
ずっと、探してたんでしょ?
ずっと、会いたかったんでしょ?
私、あの日言ったじゃない。
ゼロは我儘になっていいんだって。
今度こそ幸せを掴むべきなんだよ。」
手の中の花をぎゅっと握り締め、フィーネは泣きそうな顔で笑いながらそう言った。
「そうだな。ずっと探してた。ずっと会いたかったさ。」
「──っ!なら!」
「けどな。俺はもう、あいつを求めちゃいねぇ。
あいつは、もう、過去だ。」
フィーネは、ふるふると首を振ると涙を流した。
その顔に笑顔はもうない。
ポロポロと涙を流す彼女に、胸が締め付けられた。
「昔に、戻れるの。
昔みたいな、幸せな時間が手に入るんだよ。
世界も、きっとそれを望んでる。
それが『正しい』選択なんだよ。
それが、『正解』なの……。」
「過去に戻りたいなんて思わねぇ。
俺は、フィーネがいればそれでいい。
世界なんて──知るかよ。」
俺は手のひらを口へもっていき、歯で皮膚を噛み切ると手を下ろした。
血が指先に流れ、ポタッと地面のダイヤモンドリリーを赤く染めた。
「──結べ。『業華の血剣』」
指先から滴る血を魔剣に変える。
これを使うのはいつぶりか。
グッと握り締めると、フィーネと俺の間にある光の壁へ突き刺した。両手を柄にあて、グッと壁へ押し込む。
バチバチバチッと魔法陣が壊されまいと抵抗する。
金色の魔力が壁から上へ矢のように何十本も飛んでいったかと思うと、そのまま重力に従って落ちてきた。
左右からも金色の剣がまるで鋏のように俺を真っ二つにしようとしていた。
「ゼロ──!」
フィーネの叫ぶ声が聞こえる。
痛々しくて、早く抱きしめてやりたいと思った。
「甘ぇよ。
──ティナ。お前の攻撃はいつも一辺倒なんだよ。」
ここにはいない、この魔法陣を作ったやつにそう言いながら、結界を展開し上からの攻撃を防いだ。
そして剣から片手を離すとその手で結界に触れ、魔力を吸収する。
全ての攻撃を防ぎ切るとまた、剣を壁に押し込む。
(あと少しだな)
その時だった。
「──ゼ、ロ……。」
フィーネの絶望したような、そんな声が聞こえた。




