87 ダイヤモンドリリー
私は、走って部屋へ戻りバルコニーの扉を開き外へ出た。
夜風が冷たく、いくらか頭を冷やしてくれた。
ただ、跳ねる心臓と体の震えは未だ止まらず、私はバルコニーの手摺を掴むとずるずると床に座り込んだ。
(ゼロがいて、グリムが戻ってきた。
そして、ネロとティナもいずれ戻ってくる。
──じゃぁ、リリスは?)
なぜ、リリスは私の中で自我を保ったままいるのか。
もし、『時』を待っているのだとしたら。
リリスの目的は、もしかして──。
「フィーネ!」
ゼロが背後から肩を掴んで、私の名前を大声で呼んだ。
ビクッと体が跳ねる。
「──ゼロ?」
私がしがみついていた手摺から手を離し、振り向くと眉根を寄せ、少し怒った様子のゼロがいた。
「何度も呼んだんだぞ。
フィーネ、どうした?
何を考えてる?
──いや、今はいい、とりあえず中に入るぞ。
顔色が悪い。」
私を抱えようとするゼロに、だいじょうぶ、と呟いた。
「大丈夫じゃねぇだろ。
そんなに俺には甘えられねぇのかよ。
まぁ、リリーもそうだったから、仕方ねぇのは分かってるが──」
「っ!やめて!」
思わず叫んでしまい、ハッと口を押さえた。
「フィーネ?」
ゼロの口からリリスの名前を聞きたくなかった。
最初の頃、あんなに私とリリスを比べていいって言ったのに。
今は名前すら口に出して欲しくない。
──怖い。
もし、リリスの目的が、『フィーネ』になることだとしたら。
そうなったらきっと『私』は消えてしまう。
それがとてつもなく怖かった。
いやだ。いやだ。
──消えたくない。
心が悲鳴をあげる。
でもきっと。
ゼロにとっても、
この世界にとっても、
必要なのは私じゃなくてリリスだ。
何度考えても、私の頭はそれが『最適解』なのだという結論に至ってしまうのだ。
「フィーネ、とりあえず落ち着け。
んで中に入ろう。ここは冷える。な?」
手を差し出し、優しくそう言うゼロの手を掴んだその時。
バルコニーから見える、正面の山の一部がボゥっと金色に光りだした。
その光は優しい灯火のようだった。
「──あそこは、あいつらの……」
「……行かなきゃ。」
私はゼロの手をぎゅっと握り、ゼロを見て言った。
「あそこに転移して。ゼロ。」
呼ばれている気がした。
そして、行けば戻って来れないかもしれないと思った。
それでも、行かなければならない。
私は、ゼロを、みんなを幸せにするって決めたから。
♢♢♢♢♢♢
一つの墓石を囲むように、一面に白い花が広がっていた。
そしてそこから金色の丸い光の粒がまるで湧きあがるように空へ上がっている。
「やっぱここは、あいつらの墓だ。何が起きてる……?」
その花を見た瞬間、私は自分の予想が正しかったのだと確信した。
そして導かれるように、一歩、また一歩と墓石に向かって歩く。
「フィーネ!側を離れるな!何が起きるか──」
その時、私を中心に魔法陣が発動した。
魔法陣の中で、金色の魔力がふわりふわりと地から天へと昇っていた。
「な!──っ!フィーネ!」
ゼロがこちらに手を伸ばすが、魔法陣が他者の侵入を拒む。
バチバチッという音と共に、ゼロの手を弾き返した。
「チッ!フィーネ!こっちに来い!
内側からなら出れるかもしれねぇ!」
私はその言葉を無視して、地面に生えている花を一輪摘んだ。
そして、ゼロの紅い瞳を真っ直ぐ見て笑った。
「ねぇ、ゼロ。この花なんていうか、知ってる?」
「……は?今そんな事言ってる場合じゃねぇだろ!?
いいからこっちに──」
「この花の名前は、『ダイヤモンドリリー』。
花言葉は──『また会う日を楽しみに。』」
ゼロは目を見開いた。
この、魔法陣の意味を理解したのだろう。
「ゼロ。リリスの名前を呼んで。
そうすれば、この魔法は完成する。
そうしたら、リリスが帰ってくるの。
また、会えるんだよ。」
私は笑った。
ちゃんと、ゼロがリリスの名前を呼べるように。
今度こそ、幸せになれるように。
リリスが私になれば全部上手くいく。
魔族の事も、魔王のことも。
私と融合し、私の記憶もリリスが受け取れば、
アリスやグレン、リオや殿下、ラウール様もリリスを受け入れるだろう。
そして、ゼロはまた仲間と共にリリスと生き、あの日手離した幸せをもう一度手に入れることが出来る。
──ハッピーエンドだ。
私は笑う。
この物語をハッピーエンドにするために。
──笑うのだ。




