86 チョコレートの甘さ
ロイドと別れて、アリスとゼロとリオとチョコレートの専門店へ行った。
グレンは例の眼鏡の最終調整をやってから王宮へ向かうらしい。「僕も一緒に行きたかったなぁ。」とぼやいていた。
殿下も執務があるらしく、「私もアリスとチョコレートを選びたかった……」と肩を落として王宮へ帰っていった。
「へぇ。本当に色んな種類があるね!
あ、これラウール様にお土産にしたらどうかな?
お酒入りだって!」
アリスにそう言うと、
「まぁ。いいですわね。
最近また忙しそうにしてますの。
休憩のお菓子にピッタリですわ。」
(あ。その忙しさ、私が原因かも……うう、罪悪感。
このチョコに合う紅茶も一緒にプレゼントしよう。)
「フィーネ、俺のも同じの買ってくれ。」
「師匠、猫はチョコレートを食べてはいけないんですよ。」
知らないんですか?と首を傾げながら、リオは私の肩の上のゼロに言った。
「知っとるわ!
この姿のまま食うわけねぇだろ!?」
「ほら、ゼロ、大きい声出さないの。迷惑だよ?」
「くっ。リオ、訓練で覚えとけよ。」
「ふふ。リオは随分と楽しそうにゼフィロスに戯れますのね。」
嬉しそうにそう言うアリスに、リオはバツが悪そうに目を背けた。
耳が少し赤くなっている。
私はその様子を見て、くすりと笑いが漏れる。
「ご試食いかがですか?」
店員がチョコレートを持ってこちらに来た。
リオがそのチョコレートを一つ取り、包装を開けると私の口にスッとつける。
「フィーネ様、口開けてください?」
「──っ!」
私は目を見開いた。周りの人が皆こちらを見ている気がする。
「早くしないと、溶けてしまいますよ?
それに──ずっと見られたままですが、いいんですか?」
と、首を傾げて悪い笑顔でそう言った。ピアスがシャラッと首筋にかかり、黒のタッセルの中のピンクがチラリと覗く。
私は顔を真っ赤にしながら、口を開けた。
リオはその口にチョコレートを放り込むと、指についたチョコレートをペロッと舐め、ふわっと笑いながら
「甘くて美味しいですね?」
と言った。
私は壊れたおもちゃのようにコクコクと首を縦に振ることしかできない。
肩にのったゼロは溜息をつくと、
「うぇ……甘すぎて吐きそう。」
と呟き、アリスはきゃぁ!と顔を赤くして隣に立っていた店員さんの肩をパシパシ叩いていた。
その日のこの店舗の売り上げは、開店以来最高を記録したらしい。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
そんなこんなでチョコレートを買った私達は、そのまま王宮にあるラウール様の執務室へ向かった。
執務室へ入ると、既に殿下とグレンがラウール様とソファーに座りお茶を飲んでいた。
私はグレンの隣に、アリスは殿下の隣に座り、リオは殿下の後ろに立った。
そしてゼロも人型になり、部屋に防音結界をはると何故か、端席に座っていたラウール様の後ろに立つ。
「随分と遅かったな。」
「チョコレートは買えたかい?」
そう言う殿下とグレンに、アリスがテンション高く報告する。
「ええ。とっっっても、楽しかったですわ!」
「アリスが楽しそうで俺も嬉しいぞ。
今度はこの兄と2人で行こうか。」
そう言うラウール様をまるっと無視したアリスは、
「ほんっとうに甘かったんですの!」
と頬に手を当て顔を赤くしてそう言った。
「まぁ、チョコレート屋だからね?」
と事情を知らないグレンがそう言うが、私はお店での事を思い出し、顔が赤くなっていくのが分かった。
「何かあったか?」
と殿下がリオに聞くが、リオは、
「試食のチョコレートを食べただけですよ?」
とにこりと笑みを浮かべながら、そううそぶいた。
「ラ、ラウール様!!お土産!
お土産買ってきたんです!
最近、忙しくさせちゃってるから。」
そう言い私がラウール様にお土産を渡した。
紙袋の中身を覗き込んだラウール様は、ふっと笑った。
「あぁ、紅茶と酒入りのチョコレートか。
執務の合間に食べるとしよう。
ありがとな、フィーネ。」
ラウール様が、手を伸ばし私の頭を撫でた。
その瞬間、なぜかすごく懐かしいという感情に心が支配された。
じわっと涙が浮かぶ。
まるで、初めてゼロの名前を聞いた時のようだ。
「──!?」
いきなり涙目になった私を、グレンとリオ、アリス、殿下はギョッと見るが、ゼロとラウール様は目を細めて笑っていた。
「フィー、どうしたんだい?」
隣に座るグレンが、そっと背中に手を置きゆっくりさすってくれた。
私は深呼吸をすると、目の前に座るラウール様とその後ろに立つゼロをじっと見た。
「ゼロ。ここにみんなを集めたのは、なぜ?」
ラウール様は後ろに立つゼロと目を合わせ頷くと、
私達を見回した。
私は、ラウール様の眼鏡の奥にある瞳の色が、以前よりも濃くなっている事に気付いた。
「俺は前世──グリム・レイ・ルシファーだった時のことを思い出した。
リリス、ゼフィロス、ネロ、ティナの5人で過ごしていたあの頃のことを。」
ラウール様のその告白に、驚きのあまり誰も言葉を発することができない。
そして、ラウール様はそんな私達を見て困ったように笑うと、話し始めた。
前世は思い出したけれど、グリムよりもラウール様としての意識が強いこと。
リリスへの妹として愛しむ感情とゼロに対する後悔をグリムから受け取ったこと。
そして、ネロとティナの魂は消えておらずこの国のどこかで眠っており、そろそろ目が覚める頃だということ。
全てを話し終わる頃には、窓の外は暗くなり始めていた。
「グリムは、記憶を生まれ変わった俺に譲渡できるよう準備をして死んだ。
記憶と感情を保存するのに本来の寿命を使ったんだ。
ネロとティナは魂そのものを保存している。
目覚めるとその魂をそれぞれ準備した器に入れるようにしていた。
どこで眠っているのか、何の器なのかは知らん。
あいつら、言ったら面白くないと言って教えてくれなかったからな。」
「どうして、グリムは生まれ変わることを選んだのですの?」
アリスが少し不安げな表情をし、ラウール様に聞いた。
「もしも、リリスの生まれ変わりに会ってもこの手で触れられなかったら意味がないだろう?
それになんていったって、可愛くて美しくて聡明な妹がもう1人出来たんだ。
俺は生まれ変わって正解だった。」
そう言うと、手を伸ばしアリスの頭を優しく撫でる。
アリスはほっとした顔をし、大人しく撫でられていた。
「師匠が朝から随分と浮かれていたのは、これが原因ですか。」
リオの言葉に、嬉しそうにゼロは答えた。
「そ。もう二度と会えないと思ってたんだ。
浮かれるのも仕方ないだろ?」
「よかったね、先生。
もしかしてラウールも魔法が使えるのかい?」
「あぁ。記憶を取り戻したからな。
それなりに使えはするが、この体はそこまで魔力量が多くない。
使えるものも限られるだろうな。」
「ちょうどいいな。
魔族についての報告書を書いてもらうか。
これから役に立ちそうだ。」
殿下が悪い顔でラウール様にそう告げる。
そして、私は──。
頭をよぎった一つの考えに恐怖を覚え、血の気が引いていた。
みんなの楽しそうな声も、次第に耳に入らなくなる。
私は立ち上がると、笑顔をつくりみんなに声をかける。
「ごめん、ちょっと用事、思い出しちゃって。
……先に部屋に戻るね。」
そう言うと、急いで部屋から出た。
部屋を出る際に、みんなが私を呼び止める声が聞こえた気がしたが、私はそれを気にかける余裕はなかった。
──とにかく、怖くて怖くて仕方がなかった。
甘ーい!笑
そしてここから少しシリアスに……。
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