85 風の魔族
「俺は30年前、結界の綻びから他の魔族達と一緒に人間界に来たんだ。
魔界は、新しい魔王になってから治安が悪くてさ。
力をほとんど持たない奴らは淘汰されていった。
そんな生活に嫌気がさしてた魔族が移住先として選んだのが、この国だった。」
「──は!?この国に魔族が住んでんのか!?」
ゼロは驚き、小さくて可愛い口を大きく開けて声を上げた。
私達も衝撃の事実に目を見開いてロイドを見た。
確かに、結界の綻びから魔獣が幾度も侵入している事実がある以上、魔族の侵入もあり得なくはない。
「……ゼフィロス様、知らなかったんですか?
普通に人間として生活してますよ。
固有能力を隠して魔法を使わなければ、見た目はほぼ人間と一緒ですからね。
見た目を老いさせる魔道具とかありますし。」
「まじか……。」
(ゼロはリリスを探すのにいっぱいいっぱいだったもんね)
私達人間が知らない間に、人間と魔族は深く関わっていたのだ。
今この瞬間も、人間は魔族と知らず彼らと友情を結んだり、恋をしたりもしているのかもしれない。
「それで、俺は──この世界で最後の風の魔族だ。」
「……生き残りがいたのか。」
「生き残りって、どういうことだい?」
「風の魔族は、200年も前に滅んだんだ。
まぁ……色々と、あってさ。そこは追々話すとして。
ずっとこの国で『ウィンド』の名前で情報屋をしてたんだ。リオとは何回か会った事があるよ。」
リオを見ると、手を口元に当て思い出すような仕草をした。シャラッとピアスが微かに鳴る。
「確かに、『ウィンド』とは何度か会いましたね。情報の正確さは折り紙付きですから、影もよく利用しているんです。あの時と今とは雰囲気が大分違いますが。」
「そりゃ、こんな軽い感じじゃなめられるだろ?」
ははっと笑うと、すっと真面目な顔に戻しロイドは続けた。
「ここ数年、スラムの子供や女性が攫われる事件が多発してたんだ。それを調べていたら、神殿とランティス侯爵家に行き当たった。」
私は、ハッと息をのんだ。
「──まさか。」
「ランティス侯爵家は神殿に攫った人間を売ってたんだ。
神殿が摘発されてからはそういう行為はしてないみたいだけどな。
でも全部俺が固有能力を使って集めた情報で、証拠はなかった。
だから物的証拠を掴もうと思って、侯爵家に入ったんだよ。
俺の外見と、『ウィンド』の名前を使って。」
「君がなぜそこまで?依頼とかじゃなかったんだろう?」
グレンが首を傾げてロイドにそう問いかけた。
「攫われた子の1人に、俺が面倒をみてた子がいた。昔の自分と重なって、ほっとけなくてさ。
神殿の裏で、あの子の亡骸をみつけたときに、絶対犯人を一網打尽にするって決めた。……つもりだった。」
「なるほどな。ここで証拠を集めて断罪すれば、ベアトリス侯爵令嬢も最悪死罪だな。」
殿下がロイドの悩みを言い当てると、彼は額に手を当て項垂れた。
「ベティはアイツらがやってた事、何も知らないんだ。
……ベティを、助けたい。
けど、アイツらを野放しにはしたくない。
どうすりゃいいか分かんなくなってたところに、聖女様を籠絡しろって言われたんだ。
出来なかったら、ベティを公爵家の本家か分家と結婚させるんだと。
あいつらはもっと権力がほしいんだよ。」
ロイドは苦悶の表情を浮かべながら髪をグチャっと握りしめた。
「事情は分かった。フィーネ、どうする?」
「私が決めていいんです?」
「まぁ、フィーネを貸すか貸さないかだからな。
本人の希望は聞くべきだろう?
まぁ、私と判断は変わらんだろうが。」
「ですね。
いいよ、ロイド。私を貸してあげる。
ただし、一つだけ条件がある。」
「……条件?」
何を要求されるのかと心なしかビクビクしている様子のロイドに、私は笑顔で条件を提示した。
「私とアリスとベアトリス様でお茶会をしたいの。
あ、護衛としてゼロも一緒だから、安心して?」
「……姫さんはどうしてもベティと会いたいんだな。」
少し嫌そうな顔をするロイドに、苦笑いで返す私。
(そんなに嫌がらなくてもいいのに)
「というより、確かめたい事があるんだよね。
可能性は低そうだけど。
あと、ベアトリス様に、私との件はそういう計画だって誤解されないようにちゃんと言うんだよ?」
「誤解……?いや、ベティは俺の事は大切な弟だって言ってるし、俺もベティは大切な家族だって思ってる。
だから別に姫さんとの事は言わなくていいって。
むしろ情報はどっから漏れるかわからないし、関係者は少なけりゃ少ないほどいい。」
だろ?と言うロイドに、おや?と首を傾げる私とアリス。
殿下とグレンとリオも予想と違ったせいか、疑いの視線をロイドに送っていた。
すっかり冷めてしまったお茶を飲み、殿下が頭を抱えて溜息をついた。
「それにしても問題が山積みだな。
密入国か……。どうしたものか。」
私もそれに同意する。
「さすがに、問題が大き過ぎますね……。下手に情報が漏れたら、人的被害が出ちゃう。」
それを聞いたロイドが、バンっと立ち上がり必死な顔で抗議をした。
「待ってくれ!
あいつらは、体は魔族だけどこの国を大切に思ってる!
この平和な国を乱したいとは思ってない!」
「そうじゃないよ。被害が出るのは、魔族の方。」
私がそう言うと、ロイドは目を見開き固まった。
頭の上のゼロが、落ち着け〜と頭をポンポンと叩いている。
「この国の人間は魔族や魔獣に対しての恐怖心が大きい。もしこのことが明らかになったら、平和に暮らしている魔族が迫害に遭うだろう。
──この件は、ここだけの話に留めておく。」
殿下はそう言うと、眉根を寄せながらお茶を飲み干した。
「いいんですか?陛下にも報告しなくて。」
くすくすと笑いながら、私は殿下に聞いた。
「あの方は、少しばかり頭が硬いからな。30年何も知らなかったんだ。あと数年知らなくても問題はないだろう?私の治世までに、魔族に対する偏見をどうにかすればいいさ。」
音を立てずに上品にカップを置くと、私にそう言い苦笑いで返す。
すると、アリスがパチンと手を叩いて私にキラキラとした眩しい笑顔を向けた。
「あら。なら劇や物語がいいわ!ねぇ、フィーネ!」
「──確かに!アリス、天才!
異種族モノとか、格差とかは定番だもんね!
まずはそこから切り開こうか!
数年も経てばジャンルも増えて、偏見も少なくなってくるはず!
これを機に、そっちの文化も流行らせよう!」
きゃあきゃあと盛り上がる私達を、呆れたように見ていたゼロが、言葉をはさんだ。
「盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ時間だぞ。
続きはまた明日だな。」
そう言うと、ゼロはロイドの頭からテーブルの上に飛び降り、ジャンプして私の肩の上に登った。
ロイドが少しガッカリしているように見え、クスリと笑ってしまう。
「なんで姫さんの所にゼフィロス様が行くんだよ。」
ムスッとしながらそう言うロイドに、
「秘密。」
とにっこり笑って言うのだった。
これはフィーネにも言える事ですが、ロイドもずっと一人で生きてきたので、『愛』の種類を知りません。
これからどう物語が展開していくのか、ロイドの恋路も含めてお楽しみに!
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