81 自制心
ゼロに起こされた私は、制服を着直すとソファーに座りグレンが淹れてくれたお茶を飲んだ。
ゼロは寝不足なのか猫の姿になり私の膝の上で丸くなって寝ている。
黒い毛並みにそっと触れ、ほっと息をついた。
「そういえば、グレンさっき眼鏡かけてたよね?
視力悪いの?」
私はこの部屋に入る前のグレンを思い出し、目の前で同じようにお茶を飲んでいた彼にそう問いかけた。
「ああ。あれは魔道具なんだ。
最近僕が開発したものでね。
空気中の魔力の流れや痕跡を見ることができるんだよ。
今までは目に魔導陣を展開させて見てたんだけど、いちいち面倒だし、魔力消費も激しいからって魔術監査官の知人に頼まれたんだ。
さっきはそれの最終調整をしてたんだよ。
──見てみるかい?」
「いいの!?見てみたい!」
テンションが上がった私に、グレンはクスッと笑うと立ち上がって眼鏡を取ってきた。
私の左隣に座ると、眼鏡をかけてくれる。
大きくてズレ落ちてしまうので、両手で押さえながら前を見た。
「ん?……なにも見えないよ?」
「ははっ。さっきこの部屋で使った魔力は、先生が結界を張った時のフィーの魔力でしょ?透明だとさすがに見えないよ。」
「むぅ……。確かに。」
がっかりする私に、グレンはクスクスと笑う。
そして、パチンと指を鳴らすと部屋の中が真っ暗になり、上部にキラキラと幾千もの星が輝いた。
「綺麗……。」
(まるで、リリスがいたあの空間みたい……。
悲しくなるくらいの星空)
フッとグレンが笑った気配がしたと思ったら、頭を撫でられた。
「見ててごらん。」
そういうと、パチンともう一度指を鳴らした。
すると、あの綺麗な星空は最初からなかったかのように消え去る。
そして空気中には月の輝きのような銀色が漂っていた。
その銀色は細くグレンに繋がっている。
「これ、魔力の残滓?」
「そうだよ。
魔術の行使中は魔力出力が大きいから普通の目にも映るけど、行使後はその魔力は空気中に霧散して殆ど見えなくなってしまうからね。
コレを着けるだけで、1時間前位までなら魔術の行使者を辿れる。」
「凄いね!流石グレン!」
おお……。と辺りを見回す私。
「うーん。だけど……。」
グレンはそう言うと、私の顎に手をそっと置き自分の方へ向かせた。
そして顔をスッと近づける。
「ち、ちょっ……と、近いよっ!」
私の抗議をまるっと無視して顔を近づけるグレンに、私は思わず目をつぶった。
熱い吐息が感じられ、心臓が破裂しそうだ。
するとカチャンと眼鏡に何かが当たり、私はそっと目を開けた。
グレンは、熱の籠った瞳で私を見ていた。
そして眼鏡を押さえている私の両手の上に手を添え、そっとその手を指で撫でながら、
「これを着けてると、キスがしにくくなるのが難点かな。」
と言った。
その言葉の意味を理解すると同時に、ブワッと顔から火が出そうになる。
「な、な、な、なにいって……!」
「……昨日の朝以来、フィーと会えなかったから。
みんなはずっと一緒でずるいよね。
久々に会えたと思ったら、先生に見せつけられるし。」
拗ねた口調で言うグレンに目を丸くする。
つまり、これは意趣返しというやつだろうか。
「……寂しかった、の?」
そう言うと、グレンは私から離れてスッと顔を背けた。耳が少し赤くなっているのが見えた。
「ふ、ふふふっ。」
私は、笑いながら眼鏡を外してテーブルに置いた。
「……笑いすぎだよ、フィー。」
恨めしそうにそう言うグレンに、
「ごめんね、グレンが可愛くて。」
と言った。
グレンは、はぁ……と溜息をつくとまだ赤くなっている耳元をそのままに、私の頬を軽くつねった。
「可愛い、は嬉しくないなぁ。」
「ごめんなひゃい。」
そう言う私にフッと笑うと、身体を近づけてそっと抱きしめた。
ピシッと固まる私に、グレンは不満そうな声で言った。
「はぁ……教員じゃなくて、リオみたいに特待生で学園に入り直せばよかったよ。
そうしたら、ずっとフィーと一緒にいれたのに。」
それを聞いて肩の力が抜けて、私はクスクスと笑いを漏らした。
「グレンが学園で習うことはもうないでしょ?」
笑う私に、グレンは少し身体を離すと、右腕を背もたれに置き、左手で私の右側の髪を後ろに退けてそのまま背中に手を回すと、グッと首筋に顔を寄せた。
「先生ばっかりずるいよね。」
「え──?」
首筋に暖かい感触がし、チクッとしたと同時に背中から甘い痺れが身体を駆け巡った。
思わずグレンの服を握りしめる。
いつものゼロの『食事』と似たような、それでいて少し違う痺れに翻弄される。
一度だけ同じことをゼロにされた気がしたが、その考えも甘さに溶かされ何も考えられなくなる。
何度も同じようにされ、無意識に息が乱れた。
グレンの吐息が熱く、ぞくりとする。
「はっ、は……。も……ぅ……!ぐ、ぐれん!」
必死になってグレンを呼ぶと、行為がピタッと止まった。
グレンは私を抱きしめながら大きく深呼吸をすると、私から身体を離して私の顔を見るとハッと息を呑み、目を見開いた。
そして、瞳の熱をそのままに私の頬に手を当て、顔を近づける。
すると、私の膝からぴょんと黒い物体がグレンの顔にぶつかった。
「そこまでだ。……ったく。
おい、フィーネ。
とりあえずお前、深呼吸して、お茶でも飲め。
んでその顔どうにかしろ。
そろそろアリス達が来るぞ。」
「え、あ、うん。……顔?」
とりあえず言われた通りに深呼吸をして、お茶を飲む。
バクバク跳ねていた心臓が落ち着きを取り戻してきた。
横ではグレンが何故か顔に手を当てて、ソファーにだらしなくもたれかかっていた。
ゼロは呆れたように溜息をつきながらペチペチと尻尾でグレンの頬を叩いている。
「お前なぁ。自制心って知ってるか?
じ、せ、い、し、ん!」
「うるさいよ、先生。」
「そんで、お前が翻弄されてどうすんだよ。
まだまだだなぁ。阿呆弟子。」
「逆になんで先生は平気なのさ。あの顔見てよく自制できるね?」
「……ほら、俺は大人だしな。」
「……本当に先生は自制、してるのかい?」
グレンはジトっとゼロを見ている。
そんなグレンをサラッと無視して、私の方に来たゼロは私の前にふわっと浮きながら、私の頬を小さい前足でぷにっと押した。
「ほらアイツら来るぞ。フィーネ、落ち着いたか?」
「うん。大丈夫。」
「……いや、大丈夫じゃねぇなぁ。
グレン、お前やりすぎ。こんな跡つけんなよ。」
ゼロはそう言うと、私の首筋に前足を置いて治癒魔法をかけた。
「跡……?」
グレンを見るとバツの悪そうな顔をしていた。
私の視線に気づくと、私の頭を撫でながら、
「ごめんね、寂しかったのと、フィーが可愛すぎてついやり過ぎちゃったよ。次はやり過ぎないように気をつけるね。」
「えっと、うん。」
(あれかな、寂しくて癒しが欲しかった、的な?
私もよく猫のゼロにスリスリするもんなぁ)
「私も、ゼロにスリスリし過ぎないようにするね?
あんなに恥ずかしいって思わなかったから。ごめんね?」
そう言いながらゼロを撫でた。
「お前……、アレとソレはちがうモゴッ!」
グレンがゼロの顔を押さえる。
私は首を傾げた。
「うんうん。そうだね、お互い気をつけようね?
さ、ゼミの準備をしないと。」
グレンはそう言うと立ち上がり、飲み終わったカップをトレーに置いた。
「あ、これ私が片付けるよ!グレンは他のことをしてて?」
そう言うと、私はトレーを持った。
これからゼミのオリエンテーションだ。初めましての先生と生徒もいる。
少し身だしなみも整えようと思いながら給湯室へ移動した。
「……ヘタレ。」
「うざいよ、先生。」
一人と一匹が戯れているのを背後で感じ、くすくすと笑うのだった。
甘ーい!笑
これから先、すこーしだけ大変なシーンがきますので、甘さで中和したくてですね……。
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