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魔力でフィーネを眠らせたグレンは、崩れ落ちたフィーネを身体を優しく抱き留めた。
(邪魔してごめんね)
青ざめているフィーネの顔にかかった乱れた髪を、そっと指でどけてやり、涙を拭った。
そして身体を抱き上げると、扉へ向かった。
「くそぉぉぉ!…死ねぇ!」
そう聞こえたと同時に、魔術が発動した。男爵が放つにしては規模の大きい火の魔術だ。
フィーネを抱えるグレンの方に炎が迫る。
しかしーー
グレンはその炎を一瞥もせず、
『消えろ』
そう呟いた。
「…は?」
男爵が放った炎は最初から無かったかのように消え去った。
男爵はポカンと口を開け、今何が起きたのかを理解しようとしているようだった。
「な、なぜだ!あの魔術を陣も用いずに消せるはずがー!」
「うるさいよ」
そう言うと、グレンから銀の魔力が男爵に向けて放たれた。
膨大な魔力の圧が男爵にのしかかり一瞬で意識を刈り取った。
「フィーネちゃんが起きちゃうだろう?」
口元に薄く笑みを浮かべたまま深銀の目に怒りを滲ませ、そこで初めて男爵を一瞥するとそのまま扉から出ていった。
♢♢♢♢♢♢
グレンが出て行き、銀の魔力が消えると共に周りにも飛び火していた魔力の圧も消え去った。
ふら…とアリスがよろけたのをクリスが支える。
気絶している男爵と夫人を移送用の馬車に詰め込むよう指示をしながら、クリスは思う。
(あいつがあんなに怒ったのは初めて見たな…)
いつも飄々と笑みを浮かべ軽薄さを気取っている男だが、その内面は驚くほど一途で真面目だ。
(幼い頃からずっとアリスを好いていた事は気づいていた。アリスとの婚約を伝えた際のあいつの顔は今でも忘れられない。謝る事も、譲る事もしないがな)
グレンが自暴自棄になり何人もの令嬢と浮き名を流し始めた際、皆で説得(リオは実力行使)をした事があったが、最終的にそれを辞めたのはアリスが怒って泣いたからだ。その後、自分たちの前に顔を見せる事もしなくなってしまった。
それほどまでにアリスのことを引きずっていたグレンが。
(少し、安心した)
フッと笑みが溢れる。
「何を笑っているんですの?」
横を見るとアリスが顔を覗き込んでいた。
「すまない。グレンのことを考えていた。」
そう言うと、アリスは何故か目をキラキラさせてズイズイと体を寄せてきた。
「そうなのです!あんなグレン見たことありませんわ!これは!絶対!フラグが立っていると言うことですのよ!」
ふらぐ?と聞き慣れない言葉に疑問に思いつつも、キャーと頬をピンクに染め悶えているアリスに苦笑して見ているとそんな彼女が急にシュンと落ち込み出した。
(相変わらず、感情の落差が急だな。そんな所も可愛いが)
所々焦げてしまった応接室を出て、隣の部屋に移動すると、お茶を用意させた。
リオは神殿の刺客が来ることを想定し、男爵移送の護衛。王城での説明も頼んである為、戻りは明日だろう。
ラウールは屋敷の守りの確認と後始末。
フィーネの方には医者を手配済、あの様子では暫くグレンが離れないだろう。
(私はお姫様の憂いを払わなければいけないね)
アリスを見て優しく微笑み、その細い手のひらを自らの手で包み込む。
「アリス?」
そういつもより意識して優しく言うと、アリスはハラハラと泣き出した。
「あんな…苦しんでいたなんて…私…。」
高等部2年から編入して来たフィーネは、2年もの間、男爵を潰す為の計画をコツコツと実行していた事になる。他の誰にも、悟られないようたった一人で。
「それなのに…私、能天気にお茶会しましょうだなんて…情けないですわ…それに、もっと前にフィーネの事情に気付いていれば、絶対に一人きりになんてさせませんでしたのに…」
フィーネの事情を汲む事は不可能だった。王家と神殿は魔術により不可侵条約を結んでいる。神殿は王城と魔塔に、王家は神殿に影や裏のものを忍ばせないという約定。
大神官が男爵と会っていたのは必ず神殿だった。その中での会話を知る方法はない。
それに彼女は例えこちらが事情を知っていても一人で動くはずだ。誰も傷つけない為に。短い間だが彼女を観察していたクリスは、彼女が人を頼る事を苦手としているのだと察していた。そして自らを顧みない質だとも。
そっと背を撫でてやると、
「アリス、彼女はきっと君に救われていたと思うよ。でなかったら、先程のお茶会であんな風に笑っていない。彼女の事情や思いは、彼女が起きたら聞いてみたらいい。きっと全て教えてくれるはずだよ。」
そう言った。
「そうかしら。」
不安げなアリスに、
「そうだよ、だって親友なのだろう?」
そうニヤッと笑うと、アリスは少し目を見開き、
「ええ!大親友の予定ですわ!」
と笑った。
クリスは、愛しの婚約者から笑顔を取り戻せた事に満足するのだった。
フィーネの実家編もそろそろ終わりです。私、頑張った!フィーネも頑張った!
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