79 婚約者候補?
「聖女様。」
そう呼ばれた私は表情を作り振り向くと、声の主を見た。
そこには長身で、ミルクティー色の髪の甘い顔立ちをした男子生徒がいた。
見覚えがないので恐らく2年生だろう。
「はい。何か御用でしょうか。」
にこりと笑みを浮かべながら、そう言うとそのミルクティーさん(仮)は、爽やかな笑顔をこちらに向けた。
「お美しいお姿が見えましたので、ご挨拶に伺いました。
もし宜しかったらゼミの後、お茶でもいかがですか?
今後の事についてもお話ししたいのですが。」
「それは、わざわざありがとうございます。
ですが、今後のこととは何でしょう?」
「婚約のことですよ。
聞いていませんか?
うちの父から、陛下に打診が入っているはずですが。」
ザワッと周りの空気が変わったのが分かった。
ゼロがピリッした魔力を出したのを感じ、ゼロにそっと頬を寄せ『大丈夫』と合図をした。
(これは……よくないな。
ハッタリじゃないみたいだし無碍には扱えない。
よくもまぁ、こんな人が大勢いる前でかましてくれたものね)
内心舌打ちをしつつ、笑みを浮かべて返答しようと口を開くと、言葉にする前に背後から頼もしい声が聞こえた。
「何をしている。アリスがまだかと待っているぞ。」
「殿下。
ごめんなさい、お待たせしちゃって。
この方が、ご挨拶を、と。
婚約者候補と仰っているのですが、殿下は何か聞かれていますか?」
「……あぁ。幾つもの家門からそういう打診があるのは事実だが、今はその話を進めるつもりはないと陛下から聞いている。
君のお父上にもそう伝わっているはずだ。
一度確認してみてはどうかな?」
「──っ。そうですか。
それは大変失礼致しました。
……聖女様、その話とは別として、僕にお時間を頂けませんか。
貴女とゆっくり話がしたいのです。」
「申し訳ありません。
本日は殿下とヴァルハイト次期公爵と用事がありまして。
また機会がありましたら。」
笑みを浮かべ、少し頭を下げる。
「フィーネ、行くぞ。
あぁ、マルクス・グラナード。
一つ忠告をしておこう。
フィーネの周りには怖い守りが沢山いるんだ。
早々に諦めたほうがいい。」
その言葉が気に障ったのか、マルクスはほんの僅かだけ笑顔を歪め、
「ご忠告痛み入ります、殿下。」
と頭を下げた。
顔を上げた彼の顔は、完璧な笑顔を浮かべていたが、瞳に仄暗い闇があった。
それを見つけてしまい、少し目を見開くと、彼は笑みを深くし私に背を向けて歩いて行った。
私は大きく溜息をつくと、殿下と共にアリス達の所へ向かう。
「殿下、助かりました。
どう対処しようか悩んでたので。
危うく、貴方誰です?って聞く所でした。」
「だろうな。
あいつは昔から自尊心だけは人一倍強いんだ。
名前を聞かれるなんて恥を晒されたら何をするか分かったもんじゃない。
私がいる時でよかったな。
というか、アリスやリオが行こうとするのを止めるのが大変だったんだぞ。」
「はは。次はうまく対処します。
まぁ、次なんてなければいいんですけどねぇ。
──アリス、リオ。
待たせちゃってごめんね。食べよう!」
「フィーネ!大丈夫でした?!殿下はお役に立てました?」
アリスが心配そうに私を見て言った。
「何かされませんでしたか?
アレには後で、影からちょっとしたプレゼントでもしておきますね。」
リオはいい笑顔で、なにやら怖い予告をしてくる。
「大丈夫だ。後で何もない所で10回くらい躓くようにしてやる。」
ゼロのはもはや犯行予告だ。
殿下は溜息をつきつつ、頭を抑えながら全員の言葉にツッコミを入れた。
「アリス、私に対する扱いが酷くないか?
そしてリオは公私混同はやめろ。
ゼロは……まぁ、いいか。」
「いやいや、ゼロ、ダメだよ?
誰かに魔法使ってるのを見られたらどうするのよ。」
「えー。」
「えー。じゃない。だめ!」
少し冷めてしまったハンバーグを口に入れながら、彼の瞳の暗さを思い出した。
確かグラナード家は、ラウール様が調査を頼んでくれたリストにあったはずだ。調査結果は1週間後。
それまでは接触しないように気を付けようと思った。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アリス達と別れ、ゼロと一緒にグレンの研究室に行った。
グレンも新学期の準備で忙しいのか、会うのは入学式の朝以来だ。
ノックをすると、グレンが出てきた。髪を一つに結び、眼鏡を掛けていた。
「いらっしゃい。随分と早いね。どうしたの?」
「ごめんね、忙しかった?ちょっと場所を貸してほしくて。」
「場所?……とりあえず、入って。」
グレンの研究室は、かなりの広さがあった。
扉から入って右手側奥に机が一つと真ん中には大きな机と椅子が6脚置いてある。
そして天井まである棚が壁に沿ってあり魔道具や書籍で埋め尽くされていた。
左側は応接間になっており、ソファーとテーブルがある。その奥に給湯室が見えた。
「お茶でも淹れようか。」
眼鏡を外してそう言うグレンに、私は首を振った。
「お茶は大丈夫!あのね、端の方でいいからちょっとだけ場所貸して欲しいの。ゼロ、朝から『食事』してなくて。いいかな?』
「『食事』、かい?」
「そ。見たくねぇなら、結界はってお前からは見えないようにしてやるよ。」
「ただの『食事』だろう?
……そっちのソファー使うかい?
僕はこっちで研究の続きをやってるから大丈夫だよ。」
「……そういや、こいつ俺が『食事』するとこ見たことなかったな。ま、今後のためにも知っといた方がいいか。」
ボソッとそう言うとゼロは私の肩から飛び降りて人型に戻るとパチンと指を鳴らし、部屋全体に外部からの干渉を防ぐ空間遮断結界をはった。
そして、私の腕を引っ張ってソファーの側に連れて行くと、制服を脱がし始めた。
「……ちょっと!自分でやるよ!」
流石に脱がせてもらうのは恥ずかしく、ゼロにストップをかけるが、
「ダメだ。これも『食事』の内だからな。」
と紅い瞳に熱を灯し、そう言いながらジャケットを脱がし、ネクタイを取る。ポイっとソファーにそれらを置くと、シャツのボタンをはずし始めた。
「何を、しているんだい?」
唖然とした声が聞こえ振り向くと、グレンがぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
そういえば、グレンはフィーネとゼロの『食事』についてまだ知らなかったなーと思いまして……。
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