77 ご機嫌
ぽかぽかと温かいなと思うのと同時に、身体にかかる重みで苦しく目が覚めた。
目を開けて少し下に視線をやると、目の覚めるような真紅が見えた。
サラリとした髪が私の胸元に埋まっており、その腕が横向きで寝ている私の身体をキツく抱き締めていた。
「ゼロ……?うぅ、重い……。」
この姿で寝てるのは珍しいなと思いつつ、腕の重みで少し苦しい。
「ゼロ!ゼロ!重いってばぁ……!」
少し大きな声で言うと、ようやくモゾっと動き出した。
「あー。くっそいい匂いする。そんで……くっそ頭いてぇ。」
そう言いながら頭をぐりっと私の胸元に押し付けた。
「頭痛いの?風邪でもひいた?」
「……昨日調子に乗って酒、飲み過ぎた。
ラウールの部屋からフィーネを抱えてここまで来たものの力尽きたんだな。
途中でぶっ倒れなくて良かったわ。
……あー、動きたくねぇ。」
気怠げにそう言いながらも、嬉しそうなのは何故なのだろうか。
「あ、私ラウール様のところで寝ちゃったのか。
回収ありがとね、ゼロ、
うーん。二日酔いかぁ……。」
私はモゾモゾと腕を出してゼロの頭に触れると、初級の治癒魔術をかけた。
「いたいいたいのとんでいけ〜。」
私を拘束していた腕が離れた。
重みがなくなりホッと息を吐く。
ゼロは横たわったまま緩やかに肘を立て、そこにそっと頭を傾けた。
「うぅ、重かった。治癒魔術、効いた?」
ゼロはもう片方の手で優しく私の顔にかかった髪をどけながら言った。
「あぁ、もう痛くねぇ。
助かった。
けど、なんだよあの子供相手みたいなの。」
「ふふ、可愛いでしょ?」
「可愛い、ねぇ。
つかお前さ、俺があんなに密着してたのになんでそんな平然としてんの?」
「多分、安心するから、かなぁ?」
「うっわぁ、フクザツ。── いや、やっぱちょっとムカつくわ。」
「へ?」
ゼロは、体を起こすと横向きだった私を肩を押してベッドに押し付けた。
ゼロは膝立ちになり私の身体を挟むようにして、右腕を私の顔の横についた。ギシっというベッドが軋む音にドキッとする。
私を見下ろしたゼロはいつもの雰囲気と違う。
サラリとした真紅の髪からのぞくルビーの瞳が燃えるような熱を持っており、私の全てが焼き尽くされるような気がした。
思わず息をのむ。
「ぜ、ゼロ、ほら、もう、時間が──っ!」
ゼロは私の頬を優しく左手で撫でると、そのまま指を唇に沿わせた。
心臓の音がうるさい。
ゼロの燃えるような瞳から目が離せなくなり、顔に熱が籠る。じわりと、生理的な涙が目尻に滲んだ。
ふっと、満足げな笑みを浮かべたゼロはそのまま顔を近づけた。
私はぎゅっと目をつぶると、ククッと笑いをこらえる声が聞こえてきた。
(──揶揄われた!)
そう思いパッと目を開けるとゼロが愛おしそうに私を見つめていた。
ゼロは頬に当てていた手を額に動かすと前髪をどけ、そこに唇を落とした。
「お子ちゃまフィーネには、これが限界だな。……残念。」
雰囲気をいつものものに戻してニヤリと笑うゼロに、りんごのように真っ赤になった私は、叫んだのだった。
「ゼロぉー!おすわり!」
ぷくっと頬を膨らませた私は、リオに髪を結ってもらっていた。
「おすわりはねぇだろ、おすわりは。犬じゃねぇんだ。」
目の前に浮き、尻尾をペチペチと私のほっぺに当てながら文句を言うゼロに、
「ゼロが揶揄うのが悪い。私は悪くないもん。
二日酔い、治してあげたのに。」
口を尖らせて反論する私。
リオは、困ったように笑いながら、
「はい、出来ましたよ。
事情は知りませんが、師匠が悪いですね。
謝った方がいいのでは?」
と言った。
「事情を知らねぇのに俺が悪いの決定かよ。
はぁ……。そもそも、フィーネが安心するとか言うからだろ。
あの距離で安心してんじゃねぇよ、阿呆フィーネ。」
「だ、だって本当にそう思ったし!なによ!ばかゼロ!」
プイッと横を向く私に、ゼロは私の正面に浮かんで移動し、ぺちっと前足で額をタッチした。
私は今朝の事を思い出して、ブワッと顔が熱くなる。
ゼロを見ると、心なしか勝ち誇ったような顔をしている気がしてムカっとした。
「もう、意地悪なゼロなんて知らない!
今日はごはんはお預けなんだから!!リオ、行こ!」
私は椅子から立ち上がると、リオを引っ張って馬車へ向かった。
一瞬のうちにリオの肩に移動していたゼロは、
「横暴だぞ。阿呆フィーネ。」
と言いながらも尻尾がふよふよと動いており、機嫌がすこぶるいいのが分かる。
私はそんなゼロを訝しげに横目で見た。
リオも、いつもよりも浮かれている様子のゼロに首を傾げながら言った。
「なんか、師匠、嬉しそうですね?……ドMですか?」
「お前、マジで遠慮ねぇな。違うわ。……嬉しそうに、見えるか?」
「ええ。何かありましたか?」
「まぁな。」
ブンブンと尻尾を振るゼロ。
可愛い。
可愛いが、朝の揶揄いと先ほどの件で引っ込みがつかないので、抱きしめることができない。
(くっ。可愛いって思うのも悔しい!)
「今日、学園が終わったら王宮のラウールの執務室に全員集合だ。クリスたちにも伝えとけ。」
私とリオは顔を見合わせ、首を傾げた。
ゼロの尻尾は学園についてからもずっとご機嫌に動いていたのだった。
嬉しすぎて調子に乗っているゼロ。
リオのゼロに対する態度に遠慮が無くなってきているのが私的ツボです。
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