76 ただいま
side:ゼロ
一つ、大きく息を吸って吐く。
手を下ろしてラウールを真っ直ぐ見た。
「ふはっ。情けねぇ顔してんなぁ。」
ラウールは、眉根を寄せ苦しそうな顔をしていた。
その瞳の奥に、深い自責の色を見て思わず溜息を漏らす。
「……ゼフィロス。」
「ったく、なんでお前が謝るんだよ。
今のお前は『ラウール』であって『グリム』じゃねぇ。
その感情は、あいつのモノで、お前のモノじゃねぇよ。
混同して心をすり減らすな。」
フィーネにも似たようなことを言ったなとふと思い出し、フッと笑いが漏れた。
ラウールと自分のグラスに、酒を注ぎ込む。
「それに俺は、お前らがこの世にいないと知ったあの日があったからこそ、今があると思ってる。
あの日の絶望が今の幸せに繋がってるなら、もしやり直せるとしても俺は何度だってあの日を繰り返すさ。」
「……そうか。」
そう言うとラウールは、グラスに入った酒を一気に飲み干した。
「お前、そんなに飲んで明日大丈夫かよ。」
「俺が酒に強いのは知ってるだろ?」
「いや、知らねぇよ。酒に強いのはグリムだろうが。」
思わず突っ込むと、嬉しそうにラウールは笑った。
「ははははっ。」
「どうしたどうした。もう酒が回ったか?」
「いや、なんだろうな。嬉しいんだ、単純に。
ゼフィロスと……お前とこうやって飲めることが。
感情の混同も、悪くない。」
それを聞き、目頭が熱くなる。誤魔化すようにぐっと酒を煽った。
「そうかよ。……俺も、同じだ。」
今度はラウールが、俺のグラスと自分のグラスに酒を注いだ。
カラカラと氷がグラスに当たる小さい音がする。
もう酒に浮かぶ氷はほとんど残っていない。
生温い酒を口に運びながら、思った。
(もしかすると、あいつらも──)
「ああ、そういえば、そろそろネロやティナが起きる頃だな。」
そのラウールの言葉にビシッと体が固まり、ゆっくりと目の前の男の顔を見た。
「おま、いま、なんて……。」
「はははは。すごい顔だな。驚いたか?」
ラウールは笑いながらテーブルの上にグラスを置くと、キンとグラスを爪で弾いた。
俺は頭を抱えたい気持ちを堪え、パチンと指を鳴らし氷をグラスに入れてやった。
「行儀が悪いぞ。グラスを弾くな。
今のお前は貴族様だろうが。
ほいほい昔の癖を出すなよ。」
「相変わらず母親気質だな、ゼフィロスは。」
「うるせぇよ。そんで、どういうことだ。
──あいつらも、いるのか?」
グリムだけじゃなく、あの2人ともまた会えるかもしれない?
また昔のように言葉を交わせるかもしれない?
ラウールの目を見ると、ふっと穏やかに笑みを浮かべながらはっきり断言した。
「いる。」
「……本当か。」
「嘘なんてついてどうする。
さすがに、そんなに性格悪くないぞ。俺は。」
「いや、分かってる。別にお前の言葉を疑っちゃいない。
ただ──。いや。なんでもねぇ。
そうか、いるのか。
……そうか、また、会えるのか。」
ソファーの背もたれに寄りかかった。
片腕を額に乗せ、はぁ……と息を吐く。
「──そうか。」
歓喜が心の中をざわめき立てた。
堪えきれなかった涙が一筋頬を流れる。
「あぁ、くそ。堪えてたのに、お前のせいだぞ。」
「──ゼフィロス。
さっき言い忘れてた事、言ってもいいか?」
「──なんだよ。」
「ただいま。また会えて嬉しいぞ。」
「お前、ずるいぞ。
この、タイミング、かよっ。性格悪ぃなぁっ……。」
涙が溢れて止まらない。
あの日、雨露に濡れた花々が朝日を反射して輝いていたあの景色を見た時、まるで自分を嘲笑っているかのように思え、憎々しかった。
だが、あれは未来の希望の光だったのだ。
俺は腕をどけ、まだ止まらない涙をそのままにラウールを真っ直ぐ見て笑った。
「おかえり、グリム。」
──あの日のことを、忘れたことなんて一度もない。
そしてこれからも忘れることなんて出来ないだろう。
──ただ、あの日の朝日の眩しさや煌めきの記憶だけは変えてしまってもいい気がした。
あの日があるから今がある。そう言い切れるゼロは凄いですよね。
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