74 薔薇の香りと酒の味
side:ゼロ
リオとの訓練を終え、フィーネを迎えにラウールの部屋へ向かう。
ぴょこぴょこと短い手足を動かした。
移動に時間がかかるが、まだ使用人達が残っているこの時間に人型になるわけにもいかないし、ラウールの部屋へ直接転移して早く着きすぎてしまうと、説教の邪魔をしてしまうかもしれない。
「……あいつ、怒ってんだろうなぁ。ぜってぇ文句言われるな。」
ここ最近、夜になるとふらっとラウールの執務室に行っては、お子様な弟子と無茶ばかりのお姫様の愚痴を言いながら酒を呑むのが定番になっていた。
何百歳も年下の人間に、愚痴を聞いてもらうのはおかしな気もするが、何故だかそれが当たり前のような感じもするのだ。
(もしかしたら、と思わねぇでもないが)
期待と、不安が入り混じる。
(期待して違った時、立ち直れる気がしねぇ)
100年前、人間界に潜り込んだ時に最初に彼らを探したが、見つけたのは多くの美しい花々が咲き誇る丘の上の墓石だった。
リリスが死んだ後、ネロ、ティナ、グリムも人間と同じ位の年で死んでいた。
あの時の絶望は、今でも鮮明に思い出せるほどだ。
ラウールの執務室に着くと、周りを確認して扉を魔力で少しだけ開け、隙間から部屋へ入り込んで静かに閉めた。
部屋の中を見回すが、2人の姿はなかった。
首を捻ると、微かに隣の部屋から声が聞こえ、目を見開く。
(おいおい、あっちはベッドルームだろ?)
人型に戻ると、顔を引き攣らせながら、半分くらい開いている扉からそっと中を覗いた。
(──寝てる?)
ラウールはベッドの側にある椅子に座って、眠っているフィーネの目の上に手のひらを当てていた。
そして、慈愛に満ちたラウールの声が静かな室内に波紋を広げる。
「おやすみ、我が愛しの妹。」
思わずはっと息を呑んだ。
柄にもなくドクドクと痛いほど心臓が鳴り響く。
ラウールはこちらをみると、声を出しそうになっていた俺に、人差し指を自らの口に当て静かにするように指示をする。
そしてフィーネの目から手を退け、立ち上がるとフィッと手を振り魔力を飛ばすと部屋の明かりを小さくした。
俺は扉から離れ、心を落ち着かせるように深く息を吸い吐く。
その息もかすかに震えていた。
部屋を出ると、ラウールは静かに扉を閉めた。
俺はこの部屋に魔導陣を展開させ防音結界をはった。
「グレンに教えてもらったのか?ゼフィロスが魔術を使うのは変な感じがするな。」
「あー。出来上がってる魔導陣に魔力を流すだけだからな。
こういう特殊な結界を使う時は魔術の方が効率がいい。
って、そうじゃねぇだろ。
誤魔化すなよ。いつから思い出していた?
──グリム。」
じっと俺を見る眼鏡の奥の瞳の色が濃くなっていることに気づいた。
ラウールはふっと笑うと、俺の横を通り過ぎて酒とグラスの入った棚に手を伸ばした。
横を通り過ぎる瞬間、懐かしい薔薇の香りがして眉根を寄せる。
目に力を入れなければ何かが溢れそうな気がした。
「とりあえず座れ。いつものでいいか?」
そう聞かれ、是と答えると片手で髪を掻き乱しソファーにドサっと雑に座った。
いつもみたいにラウールがテーブルに2つグラスを置くと、俺が指を鳴らし氷を生成してグラスに入れる。
そしてラウールがそのグラスに少量の酒を注ぐと、カランと氷が鳴った。
ラウールがグラスを持ちながらニヤリとしながら俺に言う。
「乾杯でもするか?」
「……何にだよ。」
「ふ。再会を祝して、か?」
「おま!──あぁ!もうとりあえずそれでいい。」
ヤケクソになってそう言うとグラスを持ち、ラウールのグラスと交わす。
グラスとグラスが重なる音が耳に心地よく響いた。
酒を煽ると、いつもと変わらないはずの酒がいつもよりも美味く感じ、心に沁み込んでいく気がした。
ここからゼロを少しだけ掘り下げていきます。
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