71 一歩前へ
「フィーネ!」
ガックリと肩を落としていた私の背中に、女神の声が届いた。
振り向くと、大勢の令嬢の中心にいる女神が、手招きしているではないか。
「くっ。後光が見える。地獄のラウール様とは大違い……。」
私が目に手を当て、そう言うと、
「ほう?時間の延長を希望しているのか。
そうかそうか。」
背後に黒いオーラを纏ったラウール様が、にこやかな笑みで私に言った。
「ひぃ……失言でした!」
足早にアリスの所へ向かう。
周りの令嬢達が、私をじっと見つめていた。
居心地が悪く、アリスに話しかける。
「アリス、様。私に何かご用でしょうか?」
令嬢達の手前、丁寧に話しかける私に、アリスはムッとした顔をして、私の頬をつねった。
「いひゃい……。」
「フィーネ。ダメですわよ。
私、色々と、ええ。それはもう本当に色々と、皆様にお話してありますの。
ですので、今まで通り接してくださいませ。」
「色々?」
つねられた頬をさすりながら、こてんと首を傾げて復唱する私に、周りの令嬢達の頬がピンクに染まった。
「まぁ……可愛らしい……。」「想像以上ですわ。」「天使ですの?」「なのに、あの演説の凛々しさ……ギャップ萌えというやつですね。」
こそこそと小声で話している令嬢達に、アリスが声をかける。
「皆様、仰りたいことがあったのでは?」
「そうでしたわ!」
彼女達はお互いの顔を見合わせると、一つ頷き私の目を真っ直ぐ見た。
何事かとたじろぐ私に、1人の令嬢が一歩前へ出てきた。
そして、頭を下げて謝罪をしたのだ。
周りの令嬢も皆私に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。フィーネ様。」
「ちょっ!ちょっと、何やってるんですか!
頭を上げてください!というか、何に対しての謝罪です!?」
パニックになる私に、アリスが落ち着いた声で、私を呼んだ。
「フィーネ、落ち着きなさいな。
皆様も、説明無しではフィーネも混乱してしまいますわ。」
「そうですね。突然すみません、フィーネ様。
高等部で私達、フィーネ様がどんな環境に置かれていたのか知りもせず、酷いことを沢山言ってしまいましたでしょう?
ずっと謝りたかったんですの。」
私はそれを聞いて、目を丸くした。
ゼロは小声で「ふぅん。」と感心したように呟いている。
「こんなに可愛いフィーネ様を虐待していただなんて、酷い話です!」
「……ん?」
(虐待……?)
「ええ!しかも、神殿からあんな事をしろと命令までされて、どんなお気持ちだったかと思うと胸が張り裂けそうでっ!」
「はぁ……。」
(あー、そういう設定にしたんだっけ)
「父と母から『無能』なのだからと、ずっと言われていたんですの。
でもアリステリア様に、この守護結界の強化はフィーネ様のお力なのだと聞き。
無知は罪なのだと思いましたわ。
本当に申し訳ありませんでした。
私から、父と母には半日ほどしっかりとフィーネ様について説明させていただきましたわ!」
「おぉぅ……。」
(半日もかけて説明……?)
「あの。私が高等部の頃、ご迷惑をかけたのは事実ですから。謝罪はむしろ私がしなくてはいけないんです。
皆様の婚約者の方々にも、その。
接触をはかってしまい……。
申し訳ありませんでした。」
「まぁ、いいんですのよ。
むしろ、何と言いますか。
アレがあってから婚約者同士仲が良くなったという声が多いんですの。」
「……へ?」
「ええ。私の婚約者も、今まで素っ気ない態度ばかりで、正直このまま結婚なんてと思っていたのですが、フィーネ様の件があって一度大喧嘩しまして。
その時に彼が、恥ずかしかっただけだと。
本音を漏らしてくれまして……。」
その言葉に周りの令嬢が色めき立つ。
「きゃぁ!それでそれで?」
「その……。これからは、慣れるよ、とその。
手の甲にキスを……。」
「きゃぁぁぁ!」
盛り上がる令嬢達に、呆気に取られる私。
ゼロは耳を器用に前足で塞いでいる。
「ふふっ。皆、フィーネが驚いていますわ。
さて、フィーネ。もう彼女達はフィーネの味方ですの。
令息達にも情報は回っているはずですわ。
根回しは万全。
なので、私と距離を取ろうなんて思わないでちょうだい。
いいですわね?」
「なんで、それ。」
私は目を見開いてアリスを見た。
「ふふ。フィーネの考える事はお見通しよ?
なんせ大親友ですもの。」
嬉しくて、心がきゅっとなり、思わずアリスに抱きついた。
ゼロは慌ててぴょんと地面に降りる。
「うぅ……アリス、だいすき……」
「ふふふ。私もですわ!
この為に多くのお茶会に行って、フィーネの状況と魅力と萌えを広めてきたんですもの!」
(……ん?もえ?)
私はアリスから離れ、恐る恐る聞いた。
「あの、もえって、萌え?なんの?」
「うふふ。」
不気味に笑うアリスに、なんだか嫌な予感がした。
すると、1人の令嬢が私に話しかけた。
「あ、あのっ!毎朝、リオ様がフィーネ様の髪を結うというのは本当ですの?」
「え、はい。ほぼ、毎日……」
「きゃぁっ!それでは、この可愛らしい髪もリオ様が!?」
きゃぁぁ!と周りの令嬢達が悲鳴をあげる。
その後も令嬢達は何故かグレンの事で盛り上がり、ゼロを愛でては盛り上がり。
戸惑う私に、してやったりと笑うアリス。
「──どうしてこうなった。」
私はそう呟くしかなかった。
けれど、キャッキャとしている彼女達の中にいると、純粋に『楽しい』と思う自分がいるのに気づいた。
ゼロの言葉を思い出す。
──私も、『青春』をしてもいいのだろうか。
前世、父と母を亡くしてから友達と遊んだりしたことなんてなかった。
常に生きるのに必死だったから。
私を引き取ってくれた母方の祖父母は、母を亡くしたショックから身体を壊し、中学生になると私が家事全般をこなしていた。
高校では生活費と学費の足しになればとバイトをし、卒業後は就職。
働いたお金は彼らの医療費と介護費に充てた。
2人が亡くなった時、深い悲しみと同時に少しだけホッとしたのを覚えている。
今世、私には大切な人がたくさん出来て。
今とても幸せだ。
なのに、心の中で、『まだ』『もっと』と欲望が顔を出す。
考えなきゃいけないことは山積みで。
やらなければならないことも沢山ある。
けれど、少しだけ。
今はその欲望を受け入れてみようと思った。
私は勇気を出して言葉を発した。
「あのっ!お友達に、なってくれませんか?」
これから始まる学園生活を表すかのような快晴の中、私は一歩前へ踏み出したのだった。
青春、いいですよね!
第2部は、青春もたくさん書きたい!
青春といえば、なんでしょうか……笑
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