70 入学式
学園に着いた私達は、アリスと殿下、リオと合流して、入学式が行われる大ホールへ向かった。
ちなみに、新入生代表は我らが殿下だ。
ホールに入った瞬間、何百人もの目が一斉にこちらを捉えた。
一階は新入生、二階席は保護者席だ。
見下ろしてくる大人達の眼差しには品定めするような色が多く、中には明らかな敵意や侮蔑の色すら混ざっている。
『聖女』に対する不信感は拭えていないのだと、肌のヒリつきで痛感した。
対して一階席の生徒からは、思ったほどの刺々しさは伝わってこない。
それどころか、女子生徒達から注がれる熱い視線に、私は困惑を覚えた。
「上の奴ら、胸糞悪りぃな。」
「ええ。」
「ありえませんわね。」
「お前たちなぁ。……まぁ、否定はせんが。」
ゼロが私の肩の上でボソッとそう言うと、リオ、アリス、殿下の順番にゼロに同意する。
ゼロは視線を二階にやり、ピリッとした魔力を体から漏らした。
「こら。ゼロ、ダメだよ。」
小声で諌めると、チッと舌打ちをして魔力を霧散させた。
ホッと息を吐き、ゼロをひと撫でする。
席に座ると、入学式が始まった。
(合同講義だけでも、みんなと距離を取ろう)
あの大人達の反応は、『正しい』反応だ。
神殿の不祥事に、選択肢がなかったとはいえ追従していた歴代の『聖女』。
そこに、地方の魔獣の被害のやりきれない怒りと憎しみの矛先が向けられるのもなんらおかしな事ではない。
それに加えて、私の高等部での行動に、『聖女』として機能しているのかという疑念。
(みんなが怒ってくれるのは、すごく嬉しい)
だからこそ。
大切なみんなに迷惑をかけることは、絶対に嫌なのだ。
すっと前を向き、決意を固くする。
早く『聖女』として認められるように。
やるべき事をやる。
(力を使う方法について、思いついた事をゼロとグレンに相談しなきゃだし。
影に頼んでた、あの魔族と魔石の行方についての情報の報告を取りまとめて。
あ、私のテンプレセンサーに引っかかった人物達の情報を影に頼んどかないと……
魔力の訓練も継続して……)
これからの計画を立てながらステージを見ていると、新入生代表挨拶の時間になった。
殿下が前に立ち、挨拶をする。
そしてその終わりのタイミングで、私の名前を呼んだ。
「フィーネ・ヴァルハイト、こちらに。」
「はい。」
ゼロを隣に座っていたアリスに渡し、立ち上がるとステージへ向かう。
私が学園側と殿下に頼んで謝罪の時間を設けてもらったのだ。
殿下の隣に立ち、一つ、深呼吸をした。
緊張で手が震える。
すると、殿下が背中をポンと叩いた。
私は肩の力を少しだけ抜き、毅然と前を見据えた。
「フィーネ・ヴァルハイトと申します。
まず初めに、私が高等部時代にご迷惑をかけた方々に、この場を借りてお詫び申し上げます。大変、申し訳ありませんでした。
そして『聖女』という地位を頂いておきながら、神殿の不祥事を止められなかった事、全ては、私の不徳の致すところにございます。重ねてお詫び申し上げます。」
そう言うと、私は深く頭を下げた。
シン……と静まり返る
「謝罪の場で申し訳ありませんが、この国の貴族の方々が集まる場もそうありませんので、この場を借りて保護者の皆様に一つお願いがございます。」
私は顔を上げ、二階の方に視線を向けると言葉を続けた。
「歴代の聖女達は、なりたくて『聖女』になったわけではありません。
ある人は生まれたばかりの子供と引き離され、ある人は結婚式の前日に『聖女』となり愛する人と離れることになりました。
そして、多くの『聖女』は本来なら幸せであったであろう人生を犠牲にして強制的にその役割をこなしていたのです。
その彼女達に、感謝こそすれ、なぜ怒りや憎しみを抱くことができましょうか。
──私も、両親を魔獣に殺されました。
ですので、あなた方の気持ちも痛いほどわかります。
あなた方が持つ、その行き場のない怒りや憎しみは、これよりこの私が全て引き受けましょう。
なので、どうか、次の世代にその負の感情を引き継がせることのないよう、切に願います。」
私はそう言い切ると、深く頭を下げた。
もしも、リリスが『聖女』というシステムを作らなければ、彼女達は平凡な人生を送っていたはずだ。
この国の多くの人々を守る為にただ1人を犠牲にするのは、とても効率的だ。
だがそんなことが許されるべきではない。
彼女達はこの国の為の『人柱』になったのだと、知って欲しかった。
彼女達の為に私が出来ることはそんな事しかないのだ。
すると、殿下が一階席の生徒に向けて話し始めた。
「皆。この先の未来がどうなるかは、誰にもわからない。
だからこそ今、精一杯に生きるのだ。
悩み、苦しみ、時に喜び合いながら、共にこの学舎で明るい未来を切り拓いていこう。
数年後、ここにいる皆が私の力となり、共に歩んでくれることを心待ちにしている。」
私は少し目を見開き、殿下を見た。
(さすが。
上手い具合に締めてくれてありがとうございます)
すると、一階からドッと大きな拍手が鳴り響いた。つられるように二階席からも拍手が湧き上がる。
(あ、ラウール様。あれ?険しい顔なさってる?)
きょとんと首を傾げていると、殿下に腕をつつかれる。
「早く降りろ。」
と小声で言われ、慌ててステージから降りた。
席に戻ると、大きく息を吐いた。
ゼロがぴょんと私に飛び乗る。
式が終わり、会場内がザワザワし始めた。
私たちはこれから二階席にいるはずのラウール様と合流して、夜は王宮で陛下と王妃様と一緒に食事会の予定だった。
みんなと会場を出て、外の広い所でラウール様を待つ。
アリスは少し離れた所で、令嬢達に囲まれてしまった。
ゼロが肩の上で、話しかけてきた。
声音が少し怒っている風に聞こえる。
「なぁ……。最後のありゃ、なんだよ。
お前のせいじゃねぇつったろ。」
私は快晴の空を見上げ、苦笑しながら答えた。
「──そうだね。私の、せいじゃない。
それでも、あの人たちが『犠牲』になったのは事実だから。
何かしたかったの。
死んだ人の名誉回復なんて何の意味もない。
これはただの自己満足だよ。」
「……ごめんな。」
そう言いながら私の首に擦り寄るゼロに、ふっと笑みが漏れた。
「それこそ、ゼロのせいじゃないでしょ。」
「お前達、何をしんみりしている。
これからのことを考えろ。
私がいて、優秀で可愛い私のアリスがいて、ラウール、リオ、グレンがいる。
そしてお前達もな。
この国の未来は明るいさ。
あんな奴らなどに壊させはしない。
私の大切な国だからな。」
そう言いながら、私とゼロの頭をポンポンと撫でる殿下に、目を丸くした。
心がぽかぽかと暖かくなる。
「フィーネ。」
「なんですか?ラウールさ、──いたっ!何するんですか!?」
ふと横を見ると、いつの間に来ていたのかラウール様が私を呼び、いきなり私のおでこにデコピンをした。
「帰ったら、説教だ。
前のも込みで、食事会後に、みっちりとな。」
カチャッとメガネのブリッジを上げたラウール様は、眉根を寄せながら地獄の宣告をしてきた。
「ひっ!殿下ぁ!」
殿下に助けを求めるが、私から目を逸らす。
「フィーネだけ、まだだったからな。
私は説教済みだ。
ちなみにノンストップ正座で1時間だった。」
「ひぃ……。リオぉ……。」
リオを見るが、珍しくリオも顔を引き攣らせ顔を逸らす。
「私はグレンと2時間でした。」
「うう……ゼロぉ!」
「諦めろ。お前は一回ちゃーんと反省した方がいい。」
肩の上にいたゼロを掴んで目を合わせ、助けを求めるが無情にも切り捨てられた。
私はガックリと肩を落として、食事会後のお説教に覚悟を決めるのだった。
次回はラウール様の説教?回です!
どんなお説教なのか、お楽しみに!
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