64 痕跡
「……ぃー、フィー、起きて。もう朝だよ?」
近くでグレンの声が聞こえる気がする。
ふわりと頭を撫でる手が温かくて、身を委ねていたくなる。
「やだ……まだねむい。」
温もりを求めて擦り寄るとムスクの香りが強くなった。
「ん……いいにおい……」
何故か、頭を撫でていた手が止まる。
「この、阿呆娘!」
そんなゼロの大きな声が聞こえると同時に、頭部に重みが乗っかり、私は目をパチリと開けた。
目の前に、白いシャツが見えた。
そして、甘いムスクの香りが鼻をくすぐる。
「──え!?なんでグレンがここにっ!」
私はガバッと起き上がると、勢い任せに後ずさった。
しかし、後ろを確認せずに下がった為、ベッドの端からずり落ちそうになる。
「わわっ!」
「──っ!危ねぇ!」
頭の上にいたゼロがひらりとベッドの上に降り、瞬時に人型になって私の腕を引いた。そのまま、ぽすっと彼の胸の中に抱き止められる。
「び……っくりした。」
「お前なぁ。相変わらず寝起きが悪いな。それ、どうにかなんねぇ?」
「う……。」
私はゼロの体から離れると、彼の横からひょこっと顔を出してグレンを見た。
「ごめんね、グレン。……グレン?」
グレンは何故かベッドに突っ伏したまま起きない。
「えっと、ごめんね、私、なんかやっちゃった?」
「お前が、グレンに無慈悲な攻撃をしたんだよ。阿呆娘。」
ゼロが立膝をつき、頬杖をしながら呆れたように私に言った。
「阿呆……。え、攻撃!?」
私は慌ててグレンに四つん這いで近寄って、彼を揺さぶる。
「グレン!大丈夫?怪我した?痛い?」
グレンは大きく息を吐くと、身体を起こして苦笑しながら私を見た。
「フィー。大丈夫。怪我はしてないから。
ちょっと、自分と戦ってただけだよ。」
そう言うと、私の頭をポンポンと撫でる。
「俺がいてよかったなぁ。グレン。」
ゼロが揶揄うようにニヤニヤしながらグレンに言うと、眉根を寄せて鬱陶しがりながらこう返した。
「うるさいよ、先生。」
(グレンがゼロの事、先生って呼んでる)
なんだか、グレンが幼く見えて、ふふっと笑い声が漏れた。
「フィー?」
「フィーネ?」
怪訝そうに同時に名前を呼ばれて、なんでもない。と返す。
「ほら、フィー、今日はアリスと城下に買い物に行くんだろう?支度しなくてもいいのかい?」
「そうだ!支度しなきゃ!」
慌ててベッドから降りて使用人を呼ぶ。
ゼロはまた猫に戻ると、欠伸を一つした。
「熱、下がってよかったなぁ。俺とグレンが一晩中、看病してたんだぜ?病み上がりなんだから、無理すんなよ?」
「そうなんだ、ありがとう。ごめんね、それじゃぁ二人とも寝不そ……く……」
私はふと、昨日の失態を思い出し、ピシッと固まってしまう。
「あ、あの、グレン、昨日、その。色々言っちゃってごめんね。」
グレンはふっと笑うと、私の側にきて耳元で囁いた。
「『甘えんぼのフィー』は、僕の前だけにするんだよ?」
その言葉に、顔に熱がこもっていくのが分かる。私の顔はきっと真っ赤だ。
口をへの字に曲げてグレンを睨むが、クスクス笑っていて全然気にしていない。
その時、使用人が着替えなどを持って部屋に入ってきた。
リオも一緒だ。
「リオ!」
「おはようございます。フィーネ様。着替え終わったら、髪、やりましょうね。」
「うん。ありがとう。今日は一緒に来てくれるんだよね?」
「ええ。護衛としてお供しますよ。」
「なんだい。リオも行くなら僕も一緒に──」
「グレンは目立つから来ちゃダメだって、アリスが言ってたよ。だから今日は、3人と一匹で行くの。グレンは寝不足でしょ?ちゃんと休んでてね?
ちょっと向こうで着替えてくるね!」
着替えを終え、戻ってくるとグレンはムスッとしながら、リオと一緒に紅茶を飲んでいた。ゼロはリオの頭の上だ。
私が戻ってきたのを見ると、リオが立ち上がり使用人を下がらせた。
「町娘風なんですね。」
「ふふっ。そう!」
ちなみに、聖女の証を隠すために手袋もつけている。
鏡の前に座ると、ゼロがぴょんと器用に私の方に乗り、髪に肉球をピトッと押し付けた。すると、ふわっと魔力が髪の毛に絡まっていくのが分かる。あっという間に、髪の色がピンクから黒に変化した。
(よし、準備万端!)
ガタッと、グレンが立ち上がると私の肩にいるゼロを持ち上げた。子供のようなキラキラとした顔をしている。
「先生!今のどうやったんだい?魔術ではないよね?魔法かい?」
「おま、まてまて!揺らすな!うぇ……」
勢いよくゼロを振るグレンに、瀕死のゼロ。
その様子を苦笑しながら見ていた私は、ドタバタと楽しそうに戯れるふたりをどこか羨ましそうに見つめるリオの視線に気づいた。
じっとリオを見ていると、それに気付いたのか私をいつものふわっとした笑顔で、
「あちらは放っておいて、始めましょうか。」
と言い、髪をブラシでとき始めた。その姿を鏡越しにチラっと見ながら、私の中で今日の目的を一つ増やすことにした。
「今日は、町娘風にポニーテールにしますね。」
髪を上げて質素なゴムで留めると、ささやかな飾りピンでサイドを留めた。
「はい、これで完成で……っ!」
リオが、途中で言葉を切るとピリッとした魔力が少しだけ放たれた。
「リオ、どうしたんだい?」
グレンとゼロもその様子に気付いたのか、こちらに戻ってくる。
リオは私の首筋の一点を見ると、グッと眉根を寄せて人差し指でつーっと撫でた。
私はくすぐったくてピクッとしてしまう。
「っ、リオ?」
その時、グレンもビリビリと魔力を放つと、手の中にいたゼロを握りしめた。
「これは、先生、かい?」
その時、バチっと静電気のような音が聞こえ、グレンがゼロを離した。ゼロは私の肩にぴょんと移動する。
「あぶねぇ。この可愛い体が潰されるとこだったじゃねぇか。加減しろよな。つーか、なんだよ、コレか?お前ら、こんなんでピリピリしててどうするよ。……仕方ねぇなぁ。」
そう言うと、ゼロは口を首筋の一点に付けると治癒魔法を施した。
「?そこ、怪我でもしてた?」
私がそう聞くと、ゼロが、
「怪我っつーか、キ……ぐぇ。」
と今度はリオに掴まれて潰されかかっている。
「リオ、ゼロが可哀想だよ。見た目可愛い子猫ちゃんなのに。」
私が助け舟を出すと、リオはしぶしぶ手の力を緩め、その隙にゼロは私の肩に降りた後、膝の上に移動した。
「うちの弟子たちは怖ぇなぁ。」
その言葉とは裏腹にクツクツと楽しそうに笑いながらゼロはそのまま私の膝の上で丸まったのだった。
ゼロと弟子達の関係値を積み上げるのがとても楽しみです!
男の子同士のわちゃわちゃが大好きなので、二部もたくさん書けたらいいなぁと思ってます。
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