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令嬢二人がお茶会をしている頃、男性陣は少し離れた木陰に即席のガゼボを作らせて二人の様子を見ながら公爵家の用意した最高級の紅茶を飲んでいた。
「うん、美味しい。流石だね。家じゃぁ、こんな上品な味のお茶は出ないからなぁ。」
グレンの家も公爵家だが、一族皆魔術師で、魔塔にいる事がほとんど。根っからのワーカーホリックだ。その為、貴族の常識や固定概念に囚われない。夜会などにはほとんど出ることはないし、お茶会も催されることはほぼない。お茶は飲めたらオッケー。味や香りは二の次なのだ。こうしてアリスの家に来た時、いつも美味しい紅茶を飲むのを密かな楽しみにしていた。
(それもここ最近はご無沙汰だったけれど。)
「当たり前だ。アリスが昨夜遅くまで選んだ茶葉なんだからな。なんていったってアリスはー…」
ラウールが得意げにアリスの賛辞を言い始めた。
(これは長くなるな…)
グレンは苦笑しながら、横を見ると、クリスが上品にお茶を嗜みながらじっとアリスを見つめていた。
グレンも、アリスとフィーネが話し込んでいるガゼボに目を向けた。
アリスと殿下の婚約が決まってから、なかなか気持ちの整理がつかず、アリスから誘われていたお茶会も何かと用事を作っては避けてきた。
ーーーアリスが好きだった。
真っ直ぐな瞳で自分を見るアリスが。どんな苦難でも絶対に諦めないと努力してきた彼女を見ていたら、いつしか彼女の支えになりたいと思うようになった。だから当代最強の魔術師と呼ばれるほどになったのだ。
ただ、選ばれたのは自分ではなく殿下だった。幼馴染としていつもアリス、クリス、グレン、ラウール、リオと共にいた。大切な友人と、愛しい人の婚約。喜ばしく思わなければならない頭では分かっていても、心がついていかない。そして心の中に醜い気持ちを自覚したら、もうダメだった。
色々な令嬢と浮名を流し、アリスとクリスには怒られた。ラウールに苦言を呈され、リオには、あの笑顔で令嬢達にグレンの素行調査書をばら撒かれ…。
流石に令嬢達と遊ぶのは辞めたが、アリス達と少し距離を置いていた。フィーネが聖女として学園に来るまでは。
(おもしろい子だよなぁ)
あの卒業パーティーまでは、男を籠絡しながらもどこか人形のような空虚感と仄暗さが漂っていた彼女の雰囲気がガラッと変わった。まるで、人形に魂が入ったかのように。
(今は、ちゃんと、人だ。)
昨夜は壊れそうなガラス細工のようだった彼女が、今はアリスの前でくるくると表情を変え、笑っている。
リオには『人の器に他の人間の魂を入れるなんてことはあり得ない』と言ったが、もしかしたら古い文献でも漁ればそういう事案も出てくるかもしれないな。
(うん、おもしろい。最高学府の研究対象にしようか…)
グレンはクリスやアリス、フィーネとは違い、最高学府では研究室に入る。講義などは受けず魔術の研究を行うのだ。
ちなみにリオはクリスの護衛。ラウールは5つ上で卒業済、今は父親である宰相の手伝いをしている。
「リオも座って飲めばいいのに。真面目だなぁ。」
そうグレンがクリスの背後に立っているリオに言うと、
「任務中ですので。」
リオは、ふわっと笑って返した。
アリスの賛辞が終わったのか、ラウールが人差し指でメガネのブリッジを押し上げながら、クリスに言った。
「そういえば、殿下。フィーネ嬢の件だが。』
そう言えば、クリスは眉根を寄せた。
「あぁ。今朝方、報告は受けた。」
昨夜リオが他の影に指示し、神殿とフィーネの義父であるルピナス男爵との関係を洗い直していた。そして彼女の義父母との関係も。だが、フィーネが殿下を籠絡するよう指示を受けていたのだとしても、証拠がない。しかも彼女が他の令息達を誘惑していたという事実もあり、彼女自身の問題だと言われたらそれまでだ。神殿との関係も、ただの礼拝だと言えばそれまで。
手詰まりだった。
「あちらが動くのを待つしかないか。」
クリスは眉根を寄せたままため息をついた。
「もし、フィーネ嬢も被害者だった場合の彼女の処遇も考えなければな。男爵家は断絶だろうが、平民に戻るわけにもいかない。」
ラウールは顎に手を当て、アリスとフィーネがいるガゼボを見ると、続けてこう言った。
「あの様子じゃ、アリスが公爵家に養子として入れようと言い出しかねない。というかおそらくアリスの中では決定事項のようだぞ。」
「…は?」
先程まで穴が開くほどアリスを凝視していたクリスが、目を丸くしてラウールを見る。
「なぜそうなる。」
「随分とフィーネ嬢の事を気に入ったらしく、昨夜も夜遅くまでこのお茶会の準備に、ドレス選び。今はフィーネ嬢の部屋まで作ろうと張り切ってる。俺は反対しているんだがなぁ。可愛いく美しく聡明なアリスの言う事だから、許可したい気持ちはやまやまなんだが。今は神殿がきな臭くなっているし、そっちが解決しない事には、不穏分子をうちに長く置く事は難しいだろうな。」
「楽しそうだもんねぇ、アリス。」
隣のガゼボは声は聞こえないものの、アリスの満面の笑みがそれを物語っていた。
「むぅ…」
クリスは不満げだ。
「嫉妬ですか?殿下。」
クスクスと笑いながらリオが言った。
「ほう、嫉妬か」
「嫉妬だねぇ。」
ラウールとグレンも続く。
「お前らな!揶揄うんじゃない!…はぁ…。考えなければならない事が山積みだな。」
楽しそうなガゼボを横目に、冷めてしまった紅茶を飲む。
「入れ直させよう。」
苦笑しながらラウールが言うと、突然庭園の入り口辺りが騒がしくなり始めた。
公爵家の執事が駆けてくるのが見えた。
ラウールが報告を受け、殿下に告げた。
「ルピナス男爵と夫人が面会に来たようだ。」
「はっ。先触れも無しにか。いいご身分だな。」
不快だと言わんばかりに眉根を寄せ、クリスは腕を組み何か考えているようだ。そしてふと、悪い笑顔をグレンに向けた。
その案を了承したグレンは、ラウールと共に準備に屋敷へと急ぐ。
チラリとガゼボを見ると、アリスとフィーネも報告を受けているようだ。心なしかフィーネの顔が青く強張っているように思う。
(ごめんね、フィーネちゃん。)
これから起こるであろう事態に、少しの罪悪感を抱いた。
♢♢♢♢♢♢
「ルピナス男爵と夫人が、フィーネ様に面会にいらっしゃいました。」
顔が強張るのが分かる。手のひらをギュッと握ると、爪が食い込んで痛みを感じた。目を瞑り、一つ深呼吸。
(大丈夫。)
「分かりました。面会します。」
そう言うと、アリス様が私の方に来て手を握ってくれた。とても暖かい手だ。
「無理してはだめよ!拒否だって出来るわ!」
心配してくれるアリス様に胸が暖かくなり、気を抜くと涙が出てきそうになる。
(心配してもらえるの、久しぶりだな。)
私は笑いながら、
「大丈夫ですって!部屋の前にも騎士さん達が居るんでしょう?公爵家の中で騒ぎを起こそうなんて思うお馬鹿さんは居ないでしょうし、少しお話ししてきます。」
と言い、アリス様を宥める。
(これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。自分でけりをつけなきゃ。)
決意を胸に、真っ直ぐに前を向いて屋敷へ戻った。




