56 猫と痕
ゼロが血を吸い終わり、息も絶え絶えにベッドに横になっていると扉を叩く音が聞こえた。
「あ、やべ。」
ゼロはバツが悪そうにそう言うと、ふわっと魔力を展開して黒猫の姿になり、私の首元に丸まった。
「……え?──あ、どうぞ。」
身体少し起こし、扉の外に声をかけると、部屋の中にアリスが入ってきた。
「フィーネ!もうからだはだい……じょ……う……ぶ」
令嬢らしからぬ勢いで入ってきたアリスが、私を見て徐々に勢いを失っていき、だんだんと顔が赤くなっていった。
私は首を傾げる。
「アリス?どうしたの?」
「──っ!ゼフィロス!!貴方、何をなさったの!!」
アリスは、すごいスピードでベッドに近寄ると、丸まっていた黒猫の後ろ首を掴んで、目の高さに持ち上げた。
「この部屋に居たいなら猫のままでいなさいと、私言いましたわよね?
なのに!
──私のフィーネに、なに破廉恥な事をしていますのっ!」
「破廉恥……?」
私がボソリと言うと、アリスが私の方を見た。
アリスは顔を真っ赤にしてゼロを離すと、両手で顔を押さえた。
「はわわ……目に毒ですわ……。」
ゼロはアリスの手から逃れると、ふわふわと空中を浮き私の顔の前で止まりふっと笑った。
「なんつー顔してんだよ。」
「……は?……えっ?」
「……いつまでもそんな顔してんなよ。あと、これも消しとくか。」
そう言うと、ゼロは、首と肩の間にふわりと移動し、小さな手をピトッと乗せた。
(あったかい)
首から肩にかけて温かな魔力が広がっていく。治癒魔法だ。
(あれ?でも首の吸血の傷はさっき治してた、よね?他にどっか怪我してたっけ?)
「よし。これでいいだろ。……一つくらいは許せよ?」
「ゼロ?」
「ほら、後で可愛いこの体を撫でさせてやるから、とりあえず着替えてこい。」
「あ、うん。」
私は立ち上がり、使用人に着替えを手伝ってもらう。
アリスは窓際のテーブルに朝食を用意させながら、椅子へ腰掛け、テーブルに乗ったゼロとなにやら話し込んでいた。
「まったく!貴方は、自重してくださいませ!」
「いや、これでも頑張って押さえてる方なんだが?」
「ずっとその姿でいればいいのでは?
そうすれば何もできませんでしょ?」
「絶対やだね。
あいつ、この姿だと無防備に拍車をかけやがる。
中身が俺なの忘れてんじゃね?」
「……可愛すぎるのがよくないのではないのかしら。」
「可愛い方が油断されていいだろ。それに、この姿だとチヤホヤされて気分もいいしな。」
「チヤホヤ……。」
呆れを含んだ声色でアリスが復唱した。私からは表情は見えないが、おそらく引き攣った顔をしていることだろう。
そんな会話を横目に、着替えを終えた私は、アリスの向かいに座った。
アリスも朝食がまだだったらしく、一緒に食事をとる。
ゼロは、私の膝の上で丸まっていた。
ふわふわしていて、小さくて可愛い。
食事の手を止め何度も撫でてしまい、アリスに注意されてしまった。
「フィーネ?お行儀が悪くってよ。」
アリスは上品にパンをちぎり口に入れる。
ただパンを食べているだけなのに何故こう優雅なのか。
「う。ごめん。可愛くてつい。……そういえばみんなはどうしてる?」
「皆は昨日の後処理で、朝早くから神殿へ行ってますの。
昼には戻ってくるので、昼食を一緒に取りながら今回の件の情報共有をしたいと殿下からの伝言ですわ。
明日からは殿下とお兄様は、溜まっている雑務や、今回の件の会議などで忙しいと言っていましたわね。」
「そりゃ忙しいだろうね。
……じゃぁ私もやる事やったら、色々と手伝おうかな。」
「やる事、ですの?」
「うん。グレンと、リオと、喧嘩をするの。」
そう言うと、アリスは目を丸くしてから、ニヤッとさながら悪役令嬢のように笑みを浮かべ言った。
「私はなにを手伝えばいいかしら?」
「流石アリス。大好き!」
「ふふっ。私も大好きですわ、フィーネ!」
女子二人のそんな会話を聞き、ゼロがボソッと呟いた。
「怖……。アイツら可哀想に。」
「ゼロ?聞こえてるよ?ゼロはどっちの味方なの?」
むぅ、と口を歪ませながら、ゼロを抱え上げて目線を合わせ睨んだ。
「おっと。──お前に決まってんだろ、フィーネ。」
ルビーのような瞳から温かい熱を感じた。
私はその答えに、ふふっと笑い、頬擦りをする。
「くっ。お前ほんっと、少しは中身が俺だってことを考えろよ……。」
文句を言いつつもなされるがままのゼロにに癒されながら、初めての友人達との喧嘩に不安と少しの恐怖を感じた。
可愛いのを分かってるあざとい子猫です。
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