55 おかえり
瞬き一つ。
寝起きのように頭がぼーっとする。
辺りを見回すと、みんなが心配そうに私を見ていた。
「フィー。おいで。」
声がする方を見ると、グレンが微笑みながら私に手を差し出していた。
手をグレンの手の上に置くと、ギュッと握られ、優しくグレンの方に引き寄せられた。
──暖かい。
その温もりに、抱きしめられているのだと気づく。
「おかえり、フィー。」
私の名前を呼ぶ声が優しい。
「……ただいま。」
──帰ってきた。
ふわふわとする頭で、幸せを感じた。
甘く優しい言葉と、私を包む魔力に、今はただ、溶けてしまいたいと思った。
「ゆっくりおやすみ。」
その言葉を最後に、私の意識は甘い暗闇に溶けていったのだった。
♢♢♢♢♢♢♢
爽やかな風が頬をさらりと撫で、目が覚めた。
ちらと窓の外を見ると、日の光が優しく辺りを照らし始めていた。
(ここ……王城か)
ふと、手に暖かいフワフワしたものが触れ、身体を起こして確認すると、丸くて小さな黒い毛玉があった。
「……なにコレ可愛い。」
思わず口から心の声が漏れる。
私の声に反応し、毛玉はピクッと動いた瞬間、私にバッと飛びついてきた。
「フィーネ!
お前!ほんっと、馬鹿なのか!?馬鹿なんだな!!
知ってたさ!あぁ!知ってた!!
俺の言うことほんっと聞かねぇことはな!
けど──どれだけ、心配したと思ってる……!
ほんと、勘弁してくれよ……!」
怒涛の勢いで怒っていたゼロだったが、勢いを急に失い、震える声で言い募った。
私の胸にしがみつくゼロを優しく抱きしめ、フワフワと撫でる。
「うん。勝手に契約しちゃって、ごめんね。
それにしても──あぁ。可愛い……癒されるぅ……。」
謝りながらも、フワフワした毛並みが心を鷲掴みにして離さない。抱え上げると、頬ですりすりする。
「おい。」
流石にやりすぎたのか、バッと私から離れたゼロは、一回転すると元の姿に戻ってしまった。
ベッドの脇に立って、腕を組み私を見下ろしている。
「あぁ──!癒しが!」
「お前なぁ!」
「はは。──うん。本当に悪いと思ってるよ。
だから、お詫びにプレゼント!」
ゼロは、にこりと笑う私を訝しげに見る。
「リリスから言伝だよ。
『貴方を信じて正解だった。』って。」
ゼロは目を見開いて、口をポカンと開けた。
「……は?」
驚いていますと言わんばかりの表情に、クスクスと笑い声がもれてしまう。
「いやー、ゼロが私とリリスが似てるって言ってたのよく分かった。
けど、アレ、私なんかより全然性悪じゃない?
私もっと可愛げあると思うんだけど。」
「まてまてまて。ちゃんと説明をしろ、説明を!」
私はあの星空の空間であったことをゼロに話した。
「まじかよ……。あいつ、何やってんの?」
全て聞いた後、顔を引き攣らせながら言うゼロに、私は首を傾げながら自分なりの推測を口にした。
「さぁ?けど、きっと何か目的があるんだろうね。
制約上話せない何かが。
それはきっとこれから起こることに関わりがある。
私が何を選び、どのルートを行くのかによって、リリスの動きも変わるんだと思うんだよね。
──まぁ、完全に想像でしかないけど。」
「ルート?
……もしかしてあいつ、俺が魔界に残ることも予想していたのか?人間界に行くことも?未来の魔族の侵攻もか?」
「まぁ、予想してたから今の状況なんでしょ。」
「あいつは、ほんと……。あらかじめ言っとけよ。」
ゼロはそう言うと、頭をグチャグチャと掻き回してしゃがみ込んだ。
私はその様子に苦笑する。
リリスは狡い。
未来の予想を言わずに去ったら、ゼロがどういう行動をとるか分かっていたはずだ。
彼女曰く、『信じていた』のだろう。
すべてを見通した上で「言わない」という選択肢を取ったのは、
『いつか戻ってくるから。待ってて』なんて残酷な台詞は吐きたくなかったのか。
それとも、いつ来るかも分からない未来の為に、彼の人生をずっと縛り付けることへの罪悪感から逃れたかったのか。
どちらにせよ、ゼロに『自分から待つ』という選択をさせて縛り付けた癖に、自分は罪悪感や責任から逃れて愛する人と幸せになる──私には、彼女の自分勝手な選択に思えてならなかった。
それをハッピーエンドだというなんてあり得ない。
だから、私は『彼女』を性悪だと評したのだ。
「まぁ、いいさ。そのおかげで『フィーネ』に会えた。」
「へ?」
その言葉に、私は目を見開いてゼロを見た。
ゼロが立ち上がると私を真っ直ぐ見る。ルビーのような深い紅が、炎を宿したように熱を持っている。
「っ、あ、ありがとう……?」
思わず目を逸らすと、ゼロはふっと低く笑い、私の隣に深く腰かけた。
ぎしりとベッドが軋む音に、なぜか心臓が跳ねる。
そして身体をこちらへ寄せて、私のネグリジェの前ボタンを三つほど外し、肩まで生地を滑らせた。
私の頬にかかる髪を耳の裏へ流すと、そのままどこか撫でるような手つきで後ろに髪を退け、首元を露わにする。
血を吸うためだろうと分かっていても、服をはだけさせているという羞恥心と、ゼロの優しく愛おしむような手つきに、顔に熱がこもっていくのが分かった。
「フィーネ。前に言ったろ?
従属契約をすると、俺はお前の血で、栄養や快楽を得る。
──ちゃんとそれ、分かってて契約をしたのか?」
その言葉に、私はきちんとゼロの目を見て返した。
「ちゃんと、分かってるよ。
──ごめんなさい。
結局、ゼロをまた私に縛りつけちゃった。
でもこれから先、ゼロの力は絶対に必要になるの。
私があげられるものは全部あげる。
だから、ゼロの力を貸してほしい。」
「全部あげる、ねぇ。
お前、それどういう意味で言ってんの?」
ゼロは苦笑しながらそう聞いてきた。
私は首を傾げ、説明する。
「えっと、私の我儘でゼロの自由を奪ったんだもん。
同じだけの対価を払わなきゃフェアじゃないでしょ?
血はもちろんあげるし……。
うーん、もし私が死んだら、リリスの魂を縛ってゼロに譲渡するとか?」
一瞬の静寂の後、ゼロは肩を揺らして笑い出した。
「ははっ。
お前、サラッとエグい事言うな。
……やっぱ全然分かってねぇわ。
ほんと、お子ちゃまだな。フィーネは。」
ゼロはそう言って、首元に顔を近づける。
血を吸われるのかと体を硬くした私に、ゼロがふっと笑い、息が首にかかりピクッとしてしまう。
首筋にゼロの柔らかい唇が押し当てられ、歯を立てないで吸われた。
「……っ!?」
ゾクっとした感覚が全身を駆け抜け、思わず息が漏れる。
耳の下から肩の方まで、優しく、けれど逃がさないように何度も痕を刻むように唇を寄せてくる。
そのあまりのくすぐったさと甘い痺れに、声が溢れそうになるのを必死で耐えた。
「っ……や、ゼロ、ちょっと……っ! まっ、て……っ」
(──いつもと、ちがう。
血を吸うんじゃ、ないの?)
熱い吐息に翻弄されながら必死でゼロにしがみつき、彼の名前を呼ぶ。
「あー。参ったな。
このまま食っちまいそうだわ。」
「は……ぁ、た、たべちゃ、やだ……。」
「うーん。意味分かってねぇな。このやろう。
まぁ、いいか。俺がこれから色々教えてやるよ。フィーネ。」
心なしか楽しそうにそう言うと、ゼロは私の首筋に歯を突き刺したのだった。
ゼロとの甘々は、ちょっと対象年齢が上がってしまう感じがします……自重しなきゃ……。
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