54 従属契約
side:グレン
「これで仮契約は完了だ。……フィーネ、大丈夫か?」
ゼフィロスが、フィーの首元から離れ声を掛ける。
しかし、フィーは虚な瞳で虚空を見ており反応がなかった。
ゼフィロスの顔に、はっきりと焦りの色が浮かんでいた。
「フィーネ?」
その時だった。
キンと冷たい空気が、フィー達の周りを取り巻いた。
甘い果実のような芳醇な香りが辺りに漂う。
「ゼフィロス・カルンシュタイン」
フィーの声が重く辺りに響いた瞬間、フィーとゼフィロスの足元に見たことのない金色の大きな魔導陣みたいなものが現れた。
キラキラとした魔力の粒子が陣の中を漂っているのが見える。
そして、上から圧力でもかかっているかのように、ゼフィロスが跪いた。
「ぐっ!なんでお前がその術式を知ってる!
──ダメだ!やめろ!フィーネ!」
ゼフィロスも予想外だったのか焦ったように叫び声をあげた。
しかし、フィーは構わずに歌うように言葉を紡ぐ。
彼女のピンクダイヤのような瞳の色が、濃く輝きを増していた。
「私の血が渇くまで、
私と共に生きなさい。
── 紡ぎ、繋げ。
『従属契約』」
陣が金色に眩く輝き、ありえないほどの魔力の奔流が周りを渦巻く。
そしてそれがフィーとゼフィロスに集約されていった。
魔力の奔流が収まると、ふら……とゼフィロスが立ち上がった。
「……ゼロ。アレを潰してきて。」
有無を言わさない強い口調でゼフィロスに命じるフィーに、とてつもない違和感を感じる。
「フィーネ……お前、」
「聞こえなかった?ゼロ。」
首をコテンと傾けそう言ったフィーに、ゼフィロスが眉根を寄せながら自らの髪をぐちゃぐちゃに乱すと、舌打ちを一つ漏らした。
「──聞こえてる。ちょっと待ってろ。すぐに終わらせる。」
ゼフィロスはこちらに目を向け、僕に指示をした。
「グレン、今ある魔力を全部使い切ってかまわねぇから、この結界を強化しろ。
久々すぎて、たぶん力の加減が出来ねぇ。
しっかり強化しとけよ。
──巻き込まれるぞ。」
彼の力の圧がこの前とは全然違い、刺すように痛い。
「……あぁ。分かった。」
フィーは、じっと結界の外の魔物を見ていた。
誰も、何も言えない。
アリスでさえ、フィーに話し掛けることに躊躇していた。
ゼフィロスが結界から出ると、自分達から少し距離を取った。
魔物はゼフィロスに気付いたのか、結界に何度も振り下ろしていた手をピタッと止める。
「よぉ。魔族のなりそこない。
悪いが、お前と遊んでやれる時間はねぇ。
──来い。潰してやる。」
ゼフィロスがその言葉を放った途端、魔物が炎を6つ全ての腕に纏わせ、彼の元に全て転移させた。上左右全ての場所からの攻撃に、思わず声が出る。
「ゼフィロス!」
キン──と、高音が鳴り響いた。
何のモーションもなく結界を張り攻撃を防ぐと、その結界にそっと触れた。
すると結界が水の膜に覆われる。
静かだった水面が大きな渦を巻き始め、そこから9体の水龍が産まれた。
ゼフィロスの落ち着いた声が響く。
「──飲み込め。『水底の影』」
その声と共に8体が炎の腕と魔物の足をそれぞれ飲み込む。
そして最後の一体が魔物の本体に噛みつき床に押さえつけた。
ゼフィロスは、いつの間にか魔物の上空に浮いていた。
先程噛んで血が出ていた右手をすっと前に出すと、そこから大量の血液が吹き出した。その血が宙に浮き、数え切れないほどの矢に変化し、魔物に向かって矢尻を向ける。
「終わりだ。
──懺悔しろ。『緋色の断罪』」
「ギャァァァァァ!!!!」
水龍が消え、代わりに血の矢が雨のように魔物に降り注ぐと、空気が震えるほどの魔物の叫び声が辺りに響いた。
魔物の体全体に数え切れないほどの矢が刺さり、その肢体に吸収されていった。
それは、魔石に刺さった矢も同様だった。
そして、ゼフィロスが指をパチンと鳴らすと、魔物の穴という穴から血が噴き出し、魔石がパンッと粉々に弾け飛んだ。
魔物がサラサラと砂になっていく。
ゼフィロスは地上に降りると、その砂の中から魔石の一部を取り出した。
そうして、その中を覗き込むようにして何かを確認すると、ほっと息を吐き、その場に捨てた。
「フィーネ、終わったぞ。
グレン、結界はもういい。」
そう言われ、結界を解除する。
敵を倒したとは思えない暗い顔で、こちらに歩いてくるゼフィロスに、フィーは薄く笑みを浮かべて迎えた。
ゼフィロスがフィーネの頬に手を当て、顔を覗き込んだ。
「フィーネ。しっかりしろ。
アイツの魂に引きずられんな。
誰でもない、『フィーネ』を待ってる奴らがここにいるんだ。
戻ってこい。」
フィーは、笑みを浮かべたまま動かない。
皆がフィーネの側に寄り、声をかけるが虚空を見つめたまま、誰とも目が合っていない。
「フィーネ!!フィーネってば!!」
アリスの必死の声掛けにも反応しなかった。
「くそっ!だから契約はダメだっつったんだよ!」
苦しげに言い放つゼフィロスに、フィーが遠くに行くような焦燥感に駆られ、心臓が早鐘を打つ。
(だめだ。フィーが居なくなるなんて。
そんな事、耐えられない。
だって君は、僕の──)
体に残っている僅かな魔力を放出する。
銀色がフィーを包み込む。
そして、言葉に力を込めて僕だけが呼べる、愛おしい名を呼んだ。
「──フィー。」
♢♢♢♢♢♢
side:フィーネ
気がついたら煌めく幾千もの星々と共に夜空に浮かんでいた。
目の前に、『彼女』がいる。
私と同じピンクゴールドの髪を一つに束ね、私よりも濃いピンクの瞳。
同じピンクでありながら、『可愛い』ではなく、『美人』な印象を受けたのは顔立ちのせいというより、滲み出る強者の気配のせいのような気がする。
その瞳には鋭い知性が宿り、じっと観察しても何を考えているのか読めない。
ただ楽しそうに笑っているその姿が、余計に意図を掴ませなかった。
「ふふふ。あの子は、相変わらず過保護ね。従属契約の術式、私が教えてあげるわね。」
『彼女』は私に、術式と詠唱を教えた。
一度聞いただけなのに、スッと頭に入っていくのが不思議だった。
「ほら。早く契約をしてきたら?」
『彼女』が指をさした先に、先程はなかった扉があった。
私は『彼女』の目をまっすぐ見ると、
「また、ここに戻ってこれる?貴女に聞きたい事があるの。」
と聞いた。
「ええ。道は繋げたままにしておいてあげる。」
その答えを聞き安心した私は、決意を胸に従属契約を交わす為、一度あちらに戻ったのだった。
満点の星空の中、戻ってきた私は『彼女』に疑問を投げかける。
「貴女は、どうしてここにいるの?」
「ふふ。秘密。」
「貴女の『目的』は何?」
「んー。秘密?」
「リリス、貴女の名前は何?」
「ふふふ。ひ・み・つ。」
「……そ。──ゼロへの言伝は?」
「貴方を信じて正解だったって伝えてもらえる?」
「……分かった。任せて。」
(──やっぱり)
最初の3つの答えは『秘密』。
最後の質問にはすんなり答えた。
おそらく、質問に『答えない』のではなく、リリスの存在意義に関わることは『答えられない』のだろう。
(制約か。──テンプレだね)
私の質問の意図に気付いたのか、リリスは嬉しそうに笑う。
不思議な空間だ。
ふわふわと漂うように身体が浮かんでいる。
ずっと漂っていたくなるような心地よい空間だった。
私は目を瞑ると、はぁ……と息を吐いた。
(なんか、眠くなってきたな)
「あらあら。寝てはだめよ?
ここから出れなくなってしまうわ。」
──フィー。
パチリと目を開く。
なまえを、呼ばれた気がした。
あの人がつけてくれた『私』の、愛称。
「お迎えがきたのね。また会いましょう?フィーネ。」
ああ、戻ろう。
私を待ってくれてる、愛おしい人達の元へ。
リリスは最後に、私にこう言った。
「貴女がどんなルートを選ぶのか、楽しみにしているわ。」
と──。
ゼロの強さをかっこよく表現するのに、何度も書き直しました……。
戦いは終了です!頑張ったぞー!
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