53 決意
影から出ると、グレンがホッとした顔をして私を見ていた。
そんなグレンに私は満面の笑みを送り、
「みんな、お願い。」
そう合図をした。
まず、アリスと殿下がそれぞれ片方ずつ腕を掴みグレンを確保する。
そして、ラウール様がグレンの真下に魔導陣を展開。
植物の蔓を伸ばし、殿下とアリスごとグレンを拘束した。
最後にリオが、背後からグレンの肩を掴む。
「チェックメイトです、グレン。
もし、無理に拘束を解こうとしたら、気絶させます。
──そうしたら、この結界は解除され我々は皆あの魔物の餌になりますね。」
「まってくれ。
この状況で、何を、してるんだい?」
困惑した表情を浮かべ、そう言うグレンに、うんうんと頷きながらゼロが同意する。
「だよなぁ。俺もそう思うわ。」
結界外では、魔物の拘束は解けており、中に私がいることに気づいて結界を壊そうと何度も殴りつけていた。
結界内にミシミシという音が響く。
だが、やはり空間遮断結界の中には腕を転移させられないようで、外側からのみの攻撃を受ける。
ひとまず安心だ。
魔物をよく見ると、蜘蛛のようだった体が人のように変化していた。
二足歩行をし、腕6本を背中から生やしている。
顔についている6つの目は、ギョロギョロと全て別々に動いていた。
「セ、イ、ジョ、セイ、ジョ!」
魔物の口が開き、途切れ途切れに言葉を話す。
「やっぱり、体に魔石が馴染んできてやがんな。
フィーネ、マジで時間がねぇぞ。」
ゼロが眉根を寄せながら、剣呑な眼差しで魔物を睨みつける。
「うん。すぐ始めよう。」
「フィー?」
グレンが、拘束されている現状に困惑しながらも、私が何かするのだと気づき、震える声で私の名前を呼んだ。
「グレン、私、怒ってるから。」
私は怒りを抑えることはせず、その感情のままグレンを睨みつけた。
「え……?」
「そこで、じっとして見てればいいよ。
私が、ゼロが全部終わらせるところを。」
少し嬉しそうな、それでいて嫌そうな、そんな複雑な表情をしてゼロが言った。
「俺があいつを倒せるって、確信してんのな。」
「出来るでしょ?なんでかな、分かるの。」
ゼロは、はぁ……と深い溜息をつき、眉根を寄せて言った。
「──仮契約だからな。
あいつを倒したら解除する。
そうすりゃ少しは影響が抑えられるはずだ。
まぁ、そもそも本契約には決まった術式と詠唱が必要だからな。
俺は、教えねぇ。
どんな状況になっても、絶対にだ。」
そこまで言って、ゼロは私の左の首にかかっている髪を右側にまとめ、私の腰に手をやりグッと引き寄せた。
そして皆に聞こえないように耳元で小声でこう続けた。
「フィーネ、俺は、もうお前を失いたくねぇんだよ。
魂への影響っつーのは、死ぬ可能性もあるって事だ。
お前にグレンの事を非難する資格はねぇ。」
「──死なないよ、私は。」
「あのなぁ……。」
「さぁ。始めよう。」
「あー!ほんっと、あとで絶対お仕置きだかんな!」
ゼロは、そう言うと自らの右の手のひらを口に持っていき歯を立てた。
手から流れ出た血を舐めると、すぐに私の首にも歯を立てる。
首筋に痛みと甘い痺れが走った。ここまではいつもと同じだ。
しかし、いつもみたいに吸われるだけでなく、何かが私の中に入っていってるのを感じた瞬間。
──熱い。
思わずゼロの背中に手を回ししがみついた。
足がガクガクして立ってられない。
ゼロが私の身体を片手でグッと支える。
「うぁ……、あつ、い。ぜろ、は……あぁっ……からだ、あつっ……ぜろぉ……」
身体が、魂が、沸騰するようだった。
ゼロは宥めるように、私の頭を優しく何度も撫でた。
懐かしさと幸福感、そして少しの罪悪感。
それらを感じると、一粒の涙を流し、私の意識は沈んでいった。
──そして、満天の星の中、『彼女』と会ったのだった。
♢♢♢♢♢♢♢
side:グレン
──どうして、フィーは守られてくれないのだろうか。
──どうして、僕は守られてばかりなのだろうか。
──どうして、僕はこんなに弱いのだろうか。
幾つもの疑問と共に後悔と悔しさと自分への怒りが心を占拠して苦しかった。
フィーの首に、ゼフィロスが噛み付いた。
彼女はそれを当然のように受け入れ、背中に手を回し彼にしがみついていた。
激しい嫉妬で魔力が乱れ、結界が歪む。
バキッ!!
と大きな音が鳴り結界にヒビが入った事に気づき慌てて補強する。
僕の肩を持つリオの手にも力が入っているのが分かり、チラリと後ろを見る。
そこにはいつも絶やすことのない笑顔はなく、その目に嫉妬の炎を燃やしていた。周りを燃やし尽くしそうな、深い嫉妬。その中に、自分と同じように後悔と悔しさと怒りを見た。
「グレン。貴方の覚悟を蔑ろにして、申し訳なく思ってますわ。」
僕と共に拘束されているアリスが謝ってきた。
「どうしても、嫌だったのですわ。私達は、グレンを失いたくなかったの。」
「フィーが、代わりに犠牲になっても、かい?」
アリスがフィーをどれだけ大切に思っているかなんて知っているのに、そんな言葉が口から出てしまう。
これは、ただの八つ当たりだ。
しかし、アリスは凛とした瞳で僕を見つめると、毅然とした態度で言葉を返してきた。
「仮に、グレンが犠牲になっていたら、フィーネも失うことになっていましたわ。
あの子の心が死ぬことを、貴方は望んでいて?」
そう断言され、何も返せなかった。
「お前達は阿呆だな。」
呆れた口調でそう言いながら、殿下がラウールに目配せをすると、拘束が解け、殿下達も僕から離れた。
殿下は続けて僕とリオに向けて言った。
「なぁ。グレン、リオ。
ゼフィロスが前に言っていたぞ?
自分の未熟さを自覚しろと。
そして地道に経験を積むしかない、とな。
私達はここがスタートなんだ。
次はフィーネに『最後の一手』を使わせないように、強くなるぞ。
皆でな。」
──そうだ。強くなればいい。
ゼフィロスのように、フィーを守れるように。
グッと手を握りしめ、目の前のフィーとゼフィロスを目に焼き付ける。
「──強く、なりましょう。絶対に。」
隣を見るとリオが、同じように二人を見ていた。決意が瞳に滲んでいる。
「うん。強く、なろう。」
「そうだぞ。とりあえずお前達は、その恐ろしいほどの嫉妬は鍛錬にぶつけろよ。間違ってもフィーネにぶつけるようなことはするなよ?」
ラウールからそう釘を刺され、リオと顔を見合わせると、ふっと笑った。
──その瞬間、場の空気がガラッと変わった。
グレンとリオ、アリス達も、ここからが成長の始まりです。仲間と共に、強くなろうと決意するのってエモいですよね。
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