52 最後の手札
「怪我、してませんか?
フィーネ様。」
「うん。ありがとう、リオ。」
ゼロの足を引っ張って私ごと影の中に落としたのはリオだった。
影の中とは思えないほど明るいのは、頭上に広がる幾つもの水溜りが、まるで天窓のようになっており、そこに外の景色と光を映し出しているからだろう。
「へぇ。こりゃすげぇな。」
ゼロが私を下ろしながら感嘆の声を上げた。
「ここは外とは別次元の空間になっていますから、攻撃も届きません。
こちらへどうぞ。」
そう言ってリオは歩き出した。
少し歩くと、アリス、殿下、ラウール様が見えた。
皆、服が擦れたり汚れたりしているものの、大きな怪我はないように見えた。
「みんな!」
「フィーネ!無事で何よりですわ!」
アリスは私をぎゅっと抱きしめてそう言った。
私は身体の震えを感じて、アリスも恐ろしかったのかと思ったが──違った。
震えていたのは、私の身体だった。
「──っ!こっちの台詞だよ!!怪我は!?」
「大丈夫ですわ。
皆大した怪我ではありません。
──ですが、魔力が、もう……。」
「ま、初見の奴と、あれだけ戦えたのはすげえよ。
とりあえず聖女の魔力も消滅させたしな。
本来なら十分な成果だって。」
「本来なら、か。
あの魔物、段々と強くなっていってる。何故だ?」
ラウール様が、ゼロに疑問をぶつけた。
「あの魔石は魔族の心臓だ。
その心臓がアイツの身体に馴染んでってんだよ。
さっきの腕の空間転移能力も魔族の力の一部さ。
これ以上時間をかけちまったらアイツは『魔物』じゃなく、知性を持った『魔人』になっちまう。それだけは避けねぇと……。」
ゼロの答えに皆言葉を失っていた。
「ねぇ、グレンは?」
そう聞くと、アリスは上を見た。
「……空間遮断結界を張っていますの。」
「影の中に人を入れれば入れるほど魔力消費量が多くなるんです。
ですので、そろそろ私の魔力も限界です。
グレンには皆を私が回収し、あの結界内に連れてくるまで、待ってもらっています。」
「あっちに戻ったら、どうするつもりだ?
なんか作戦があんのか?」
ゼロがそう聞くと、殿下が答えた。
「リミッターを外して特級魔術を打ち込むんだと。……あの大馬鹿ものが!」
殿下は髪をぐしゃっと雑にかきあげながら、怒りを露わにした。
私は、聞きなれない言葉を聞き返す。
「リミッター?」
ラウール様が殿下の代わりに答えてくれた。
いつも冷静なラウール様も、メガネの奥の瞳を苦々しく細め、握りしめた手を震わせていた。
「グレンは、元々人の身には多すぎるほどの魔力を持っている。
普段は、魔力の生成量を制御しているんだ。
人の器で扱えるギリギリのラインにな。
それが制御装置だ。」
「殿下、ラウール様……それ、外すって、そうしたら、グレンは?」
私の声は震えていた。
聞かなくても分かるのに、信じたくなくて、他の答えが欲しくて、殿下達に聞く。
「普通に考えて、人間の器が壊れんだろ。
それは死を意味する。
お前も分かってるはずだ。」
ゼロは殿下達の代わりに、私が聞きたくない言葉を無情に口にし、残酷な現実を私に突きつけた。
血の気が引き、足元がグラつく。
(死……?グレンが?)
「止められませんでしたわ……。
私達では、止められなかった!
そうするしか、方法がないと……。」
そう言ったアリスに視線を向けると、ハラハラと涙をこぼしなかながら下を向いていた。
他の皆を見回すが、誰一人として私と目が合わない。
皆、眉間にシワを寄せて、苦しそうに顔を歪めていた。
(どうして?)
怒りと悲しみで心が痛い。
頭がおかしくなりそうだ。
手のひらを握りすぎたのか、ピリッと痛みが走った。
それでも心の痛みに比べたら無痛も同然だ。
(ずっと、側にてくれるんでしょ?)
天窓に映る、グレンの姿を睨みつける。
(あなたが、死ぬ?
──許さない。
そんなこと、絶対にさせない)
急速に、頭が冷えていく。
(私が、守る。絶対誰の命も奪わせない)
私の変化にゼロが気付いた。
「フィーネ。何を、考えてる?」
「分かってるんでしょ?」
ハッと笑い、私はゼロを真っ直ぐ見た。
ゼロは心底嫌そうに、顔を歪ませていた。
「もうこれ以上の手札は残ってない。」
「フィーネ、俺は──」
「ゼロ。
これ以上時間を無駄にするわけにはいかない。
そうよね?」
ゼロとの会話を打ち切り、皆の顔を見回して、こう言った。
「グレンを、止めたいの。
みんな、力を、貸してくれる?」
グレンは後でみんなから説教ですね!
もうすぐこの戦いも終わります。
みんな、頑張れ!私も頑張るぞー!
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