40 魂
目の前で誰も傷ついてほしくない。
──そんなものは、ただのエゴだと分かっていた。
それでも、誰も傷つかずに済むよう、準備をしてきたはずだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
グレンとリオの横を通って、男の元へ向かう。
なるべく、二人を見ないようにした。傷ついた二人を見たくなかったのだ。
「──っ!フィー!」
グレンが私の名前を呼んだ。
けれど、口を開いたら彼らに対する心無い言葉が出てきそうで、口をグッと閉ざす。
(どうしてこんな無茶したの?
待ってるって言ったじゃない。
私が行く事を納得したんじゃなかったの?
ちゃんと無事に帰るって言ったの、信じてなかった?)
溢れ出てくる彼らに対する怒りと悲しみが、湧き出ては心に溜まっていく。
「じゃぁ、行くぞ。」
男が私の腕を掴んで転移する瞬間、倒れているグレンとリオが目に入り、私は顔を歪めて唇を噛み締める。
この感情をどう処理すればいいのか、誰かに教えて欲しかった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「よし、着いたぞ。」
目を開けると、細く暗い路地にいた。
路地の出口の先に、沢山の人が行き来しているのが見える。
「……神殿に行くんじゃないの?」
私が男にそう聞くと、
「んー。別にすぐじゃなくてもいいだろ。腹減ったし。話したい事もあるしな。」
そう軽いテンションで返され、困惑する。
「あなた、本当に神殿の手のものなの?」
「ま、今はな。とりあえず晩飯、食いにいこうぜ?腹が減ってはなんとやらってな。お、そうだ。」
男はそう言うと、私の髪を一房手に取り軽く握り込む。
すると、髪色がピングブロンドから茶色に変化する。
私は目を見開いた。
「お前の髪色、目立つからな。
あとは、その服だな。
ほら、その頭のやつは外せよ。
んで、こっちつけとけ。」
そう言うや否や、私のベールを剥ぎ取り、自分が着けていたローブを私に被せる。
せっかくローブを外したのに暗くて男の顔がよくみえない。ただ、この暗さの中でもルビーのような真っ赤な瞳が輝いているのが見え、不思議に思った。
「ま、サイズは我慢しろよ。」
男は路地の出口に向かって歩き出したので、私は慌てて追いかけた。
路地を抜けると、王都の飲食街だった。
遠くに王城が見える。
夕食の時間だからか多くの人で賑わっていた。
改めて男を見ると、瞳と同じ赤い髪をしていた。
サラサラと靡く髪は街の明かりを反射して、宝石のように煌めいている。
男は私を振り返ると、溜息を一つつき、手を握ってきた。
「ぼけっとすんな。迷子になるぜ?」
そう言うと、私を引っ張って歩き出した。
あの煌めく赤色も、好戦的な口元も、後ろ姿でさえも懐かしさを感じて、私は首をかしげる。
度々感じるこの既視感──記憶を探っても前世でも今世でもこの男には会ったことがないのは間違いない。
それなのに、どうしてこんなにも懐かしいと思うのだろうか。
飲食街の一画、高級そうな店に臆さず入って行こうとする男の手をグッと引っ張って止める。
「何だよ?」
「ちょっと!
私今あんまりお金もってないよ?
こんな高級な所払えないってば!」
「何だ、そんなことかよ。
いいから、入るぞ。」
手を引っ張られ、渋々中に入ると男は懐からカードを取り出した。
店員はそれを見ると、私達を2階の部屋に通した。
そこは、宿泊できる部屋になっていた。
きちんとお風呂までついている。
「すごいね。そのカード、何なの?」
「これか?大神官が持つ特別なカードだよ。
これがありゃ、何でも買える優れものだ。
出てくる時にパクってきた。」
そう悪戯っぽく、ニヤッとしながら言う男に呆れたが、カードがなくても慌ててるだろう大神官を想像すると胸がすく思いがした。
「ここなら、込み入った話もできんだろ。
疲れたし、神殿に行くのは明日の朝にしようぜ。
とりあえず飯だな。」
メニューを開きながら店員を呼びつけ、あれこれ頼み出した男に、溜息をつき、私もメニューを開く。
(明日の朝か。
時間稼ぎにはちょうどいいけどね。
……うーん。正直あんまり食欲はないけど、食べて力をつけとかないと。
ヘマするわけにはいかないもんね。)
♢♢♢♢♢♢♢♢
食事を終え、温かいお茶を飲みながら私は男に話しかけた。
「私の質問に答えてくれる?」
「あぁ。もちろん。
別に隠すようなことは一つもねぇからな。
ただ、俺も確かめたいことがある。
それに付き合ってくれ。」
「分かった。
……貴方の名前、何て言うの?
あなたは一体何者?」
「……ゼフィロス。
俺の名前は
ゼフィロス・カルンシュタイン。」
その名がストンと心に落ちた。
まただ。懐かしいという気持ちが溢れてくる。
そんな名前を呼んだことなんて、前世も含めて一度もないはず。
そのはずなのに──。
「ぜふぃ、ろす?……ぜ、ろ?」
ガタン!
気がつくと、ゼロが椅子から立ち上がり、私の側に来ていた。
彼は私の顎をクイっと自分の方へ向けるとゼロは私の目を覗き込んだ。
そのルビーのような瞳の奥に、強い切望の色が見えて私は戸惑う。
そしてその瞳にじっと見つめられると、私の中に眠る魂を暴かれている感覚に囚われた。
「悪いが、先に確かめさせてくれ。
ずっと、探してたんだ。
もう、消滅しちまったのかとも思った。
けど、俺はどうしても諦めきれなかったんだよ。
『リリー』。いや、『リリス・イヴ・アスモデウス』」
その名前を聞いた瞬間、ビリビリと魂が震えるような感覚に陥った。
脳内が痺れ、涙が溢れる。
ゼロが目を見開き、その瞳に歓喜の色を宿した。
「やっと、見つけた。
会いたかったぜ、『リリー』」
「……ち、がう。
わたしは、フィーネ、だよ。」
は……と息を吐き、涙を流しながら、そう反論する。
ゼロは顎から手を離し、私の後頭部をぐっと抑え込むと、頬を伝う涙に口付け、そのまま舌で舐めとった。頭がぼうっとする。
あまり抵抗する気が起きないのが不思議だった。
「あぁ。今は、な。
だがお前の魂にはちゃーんと『リリー』がいる。
ほら、魂が覚えてるってやつだよ。
──フィーネ、先に謝っておく。
長い間血を吸えなくて、もう限界なんだよ。
ごめんな。」
ゼロはそう言うと、私を抱え、テーブルの上に座らせた。
そして、私の首筋にかかっていた髪を優しく退けると、そこに顔を近づける。
は……と熱い息が首筋にかかり、ビクッと身体が跳ねた。
その瞬間。
ぐっと皮膚に何かが食い込み、痛みが生じる。
だがそれも一瞬のことで、じわじわと全身に広がる甘美な痺れに身体が熱を持つ。
「くっ……は……ぁ……。」
ぎゅっと、ゼロにしがみつく。
ゴクゴク……と私の血を飲む彼を、なぜかとても愛おしく思い、どこか懐かしい安心感と甘い毒に侵されるような心地よさで頭がいっぱいになった。
どれくらい時間が経ったのか。
ゼロは首筋をひとなめすると、最後に口付けて血を吸った場所に魔力を流した。
「あー……大丈夫か?
悪いな。久々で飲みすぎたかもしれねぇ。」
私は息を切らしながら、ぐったりと彼にもたれかかった。
(うぅ……目の前ぐるぐるする)
ゼロは私を抱えベッドに移動し寝かせると、頭に手を翳す。
魔力がふわっと私の身体を満たした。
しばらくすると目眩が収まり、目を開ける。
ゼロが、心配そうに私の顔を見ていた。
「一応治癒魔法をかけといたが、久々に使ったからな
……効いたか?」
(治癒魔法?魔術、じゃなくて?
あー……もう分かんないこと沢山ありすぎ……)
私は体をおこし、ゼロの目を見て言った。
「……とりあえず、色々説明してくれる?」
あの、ちょっと反動で、やり過ぎてしまった感がなくもないです……笑
あまり甘々にならないように塩梅を気をつけつつ、神殿解決編へ向かいます!
続きがよみたい!面白い!と思って頂けたら高評価、ブックマークよろしくお願いします!作者大歓喜します!




