36 聖女
この街は、5年ほど前に魔獣の襲撃がおこり、甚大な被害を受けたのだと殿下が言っていた。
だが、被害を受けたことなど嘘のように、街の周りには静かな森や田園風景が広がり、街にはレンガ造のクラシックな雰囲気の街並みが整然と広がっていた。
街を行き交う人達の表情は活気に満ちている。
♢♢♢♢♢♢♢
一度、領主である男爵に挨拶をするとのことで殿下とラウール様と私は男爵邸へ入った。
実用的で質素な応接室で待っていると、ラウール様くらいの歳の男性が、部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません、殿下。お久しぶりでございます。」
そう言って恭しく頭を下げた。
「突然の訪問、すまないな。リックス男爵。
あの時以来か。
お前自身も被害者だったというのに、この短期間でよくここまでの復興を果たしてくれた。
街の皆の笑顔を見ることができた事を嬉しく思うよ。」
「ありがとうございます。
あれから大変な事もまぁ多々ありましたが、今では皆前を向いて生きています。
王家の多大なるご支援があってこそです。
感謝を意を陛下にもお伝えください。」
「あぁ。伝えておこう。
さて、男爵には急ぎ、神殿の周りの人払いを頼みたい。
もしかすると戦闘になるかもしれん。
もちろん結界を張り街への被害はゼロにする。
頼めるか?」
「もちろんにございます。
早速通達をしてまいります。
……差し出がましいようですが、一つ進言してもよろしいでしょうか。」
そう言うと男爵は私をチラリと見た。
その目には、憎悪が宿っている。
身に覚えのない悪意を向けられ、困惑する。
「──殿下、『聖女様』はこの街でお姿を現さない方が賢明です。」
「何故だ?」
「5年前この街がスタンピードにあった時、神殿に『聖女様』に来て頂きたいと何度もお願いをしたのです。
多くの人々が怪我をしており、ポーションだけでは間に合わず。
治癒魔術で治していただけないかと。
せめて子供達だけでも、と。
ですが取り付く島もなく断られました。
あの日から、現在も、この街の人々の神殿や『聖女様』への不信感や憎しみは薄れておりません。
……この私も同じです。」
この人も、大切な人を亡くしたのか。
大切な人を失う悲しみと助けを拒否された憎しみ。
行き場のない感情を誰かに向けなければきっと前には進めない。
その気持ちは痛いほど分かる。
そしてそれは、きっと『聖女』に向けられて然るべきものであり、『聖女』という仕事の一つだ。
「それは先代の聖女だろう。当代とはちがう。」
「殿下。同じでございます。我々にとっては。」
「男爵!」
殿下が咎めるが、ラウール様がそれを止めた。
「殿下、時間が。」
殿下はぐっと手を握り込み、努めて冷静に言葉を紡いだ。
「そうだな。
──『聖女』への忠告、感謝するよ、男爵。
では、通達を頼む。」
「ラウール、お前も下に行って出る準備をしてきてくれ。」
男爵とラウール様が部屋から出た後、眉根を寄せた殿下が私に言った。
「フィーネ、すまない。
『聖女』への不信感や憎しみ、か。
神殿の対応のせいで、『聖女』という敬われるべき対象にも負の感情が飛び火しているな。
思ったよりも根深い。
やはり早めに潰さなければならないな。」
「他の地域にもありそうですね。
先代までは神殿が『聖女』を管理していましたから。
例の件を発表してしまうと、方々から王家に批判が来そうですし、そこは考え直さないと。」
そう私が言うと、殿下は苦笑しながら言った。
「フィーネ。
お前がそこを考える必要はない。
それは私の仕事だからな。任せろ。
これでも王太子だぞ。」
ふん。と自信満々に話す殿下に、笑いが込み上げる。
「あはは。分かりました、お任せします。」
先程までのピリついた空気が少し和み、小さく息をを吐いた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「殿下、準備が整いました。」
ラウール様が扉から入ってきてそう言うと、私を見てメガネの奥の瞳を曇らせた。
「フィーネ、顔色が悪いぞ。
まだ時間はある。
少し休んでから行くか?」
「そうだな。男爵に部屋を──」
「大丈夫です。行きましょう。
早く、アリスを迎えに行かなくちゃ。」
ソファーから立ち上がり真っ直ぐに二人を見た。
「そうか、ならば急ごう。」
私が折れないのを悟ったのか、溜息をつきつつ、殿下も立ち上がり移動する。
ラウール様は、私の側に寄るとメガネのブリッジをクイっと上げ、耳元でぼそっと
「全て終わったら、説教だからな。」
と呟き、恐怖の予告をしてきた。
「ひぃっ。」
(理詰めの説教されそうで嫌だ。めっちゃ嫌だ。)
私があまりにも絶望した顔をしていたのか、ラウール様は、くっくっと笑いを堪えながら私の頭をベールの上から撫でて、ポンと背中を押した。
「ほら。いくぞ。」
「ラウール様って、本当にお兄様ですね。
私、やっぱりラウール様の妹になりたかったかも。」
「はっ。手のかかる愛しい妹は一人で充分だな。
だが、まあ。妹のように大切に想っているさ。
だから、きちんと怪我なく戻れよ。説教の時間を増やしたくなければな。」
「え、増えるのは嫌です……。
十二分に気をつけます。」
廊下に出ると夕陽がオレンジ色に辺りを照らしていた。
(日没には間に合った。アリス、待ってて。必ず助けるから。)
てをぐっと握りしめ、ラウール様の後を小走りで追いかけた。
ラウールは背中を押してくれる本当にいいお兄さんです。
さぁ、戦いが始まります!私の執筆の戦いでもありますー!
続きがよみたい!面白い!と思って頂けたら高評価、ブックマークよろしくお願いします!作者大歓喜します!




