35 止まり木
「……いえ。まだです。」
「えぇ……?うーん、これ以上は何も出てこないよ。」
「抱きしめてもいいですか?」
ふわっと笑みを浮かべてリオは言った。
だが、その笑顔もどこか不安の色が混ざっているように感じた。
「そうしたら、もう怖くなくなりそうです。」
「うぅ……。いいよ。
それでリオの不安がなくなるなら。」
そう言った途端にふわっと優しく抱きしめられた。
清涼な空気が私を包む。
心が凪いでいくようだ。
力が抜け、つい寄りかかるようにしてしまう。
「ふふっ。やっぱり、リオの側は落ち着くなぁ。
私の方が、不安を解消させられちゃうよ。」
そう言うと、頭上から不満げな声が聞こえてきた。
「この状況で落ち着かれるのはなんだか癪ですね。
ですが、まぁ、今日のところは許してあげましょう。」
私が首を傾げると、クスッと笑い私の頭を撫でた。
「そういえばそのピアスは、グレンですか?」
「うん。魔石に三重の付与がしてあるんだって。
あ!そういえば!」
そう言って、バッとリオから離れる。
「このピアスの一番上に、『おまじない』がかけてあるんだって言ってて。
でもなにを付与したかは教えてくれなかったの。
リオ、何だか分かる?」
リオは何故か不服そうにしていたが、ピアスをつけた右耳にそっと触れ、覗き込んだ。
近すぎる距離に、段々と赤くなる顔にリオは苦笑している。
「……なぜ今赤くなるんです。
先程はゼロ距離だったでしょうに。
──あぁ、これは確かに『おまじない』ですね。
『悪夢退散』闇魔術の初級で、子供でもできる簡単な魔術です。」
それを聞いた私は、目を見開く。
(なぜ、分かったんだろう。
魔塔で寝てしまった時に気づいたのかな。)
前世を思い出す前から、私は不眠気味だった。
悪夢をよく見るからだ。
眠れない『夜』は、私にとって苦痛の時間だった。
「……そっか。教えてくれてありがとう。」
グレンはいつも、私の心の中の密かな願望を掬い取り、差し出してくれる。
真綿を包むように、優しく、甘やかされているような気がしてならない。
気を抜くとその暖かさに寄りかかり、そのまま溶けてしまいたくなるのだ。
「いえ。
グレンは、すごいですね。
貴女にそんな顔をさせるなんて。」
「え?私、何か変な顔してた?」
「フィーネ様。」
私の名前を呼んだリオが、私の肩口に顔を埋め、抱きしめてきた。
「──っ!?ど、どうしたの?また怖くなった?」
何も言わないリオの頭を撫でてあげる。
「今日のリオはなんだか、甘えたがりだね。」
クスクスと笑いが漏れると、抗議するように抱きしめる力が強くなった。
そんな仕草に、笑みが深まる。
「リオは、よく他の人のことも、自分のことも客観視してるよね。
常に周りにもアンテナを張ってて凄いと思う。
でもさ、それって結構心が疲れちゃうんじゃなないかなって思うの。
たまにはこうやって羽を休めた方がいいよ。
その方がもっと高く飛べるから。」
「──フィーネ様が、私の止まり木になってくれるのですか?」
そんな掠れた小さな声が耳元で聞こえた。
「こんな木でよければいつでもどうぞ?」
ふふっと笑いながらそう言うと、リオもクスクス笑い出す。
「ありがとうございます。私の──。」
瞬きをした瞬間、リオはいなくなっていた。
「あはは。現れる時も、消える時も急だなぁ。」
窓の外を見ると、先程まで木々に囲まれた景色だったものが、ぽつぽつと建物が並んだものに変わっている。
もうすぐ東の神殿がある、街に入る。
「きっと。大丈夫。」
はやる気持ちを抑えるように
そう自分に言い聞かせるのだった。




