30 襲撃
「そろそろ動くか。」
神殿の塔の上で、柔らかな風が黒のローブををふわりと持ち上げ、闇の中に浮かび上がらせる。
「あの聖女は、本物か。否か。
いい加減本物であってくれよ?」
ローブから覗く口元は楽しそうに弧を描いていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「早いですわ……!
まだ食べたばかりじゃないの!
もう行きますの!?」
ピンクの頬を膨らませて抗議の目で見るアリスを宥めながら言った。
「そうは言っても、アリスも侯爵家のお茶会なんでしょう?支度しないと。
明日街に行って買い物するの、楽しみにしてるね!
本屋さんも行きたいな。」
それを聞いたアリスがキラキラと瞳を輝かせる。
「本屋!いいわね!
王宮や公爵邸には置いていないジャンルの物が沢山置いてありそうですわ。
ふふっ。楽しみですわね。」
二人が賑やかに盛り上がっているところへ、グレンが苦笑しながら割り込んできた。
「ほら、アリス、フィー。時間だよ?」
時計を見ると、確かに予定の時間を過ぎていた。
「それじゃぁ、行ってくるね!アリスもいってらっしゃい!」
そう言うとアリスは、
「ええ。明日楽しみにしているわ。」
とふわっと優雅に笑った。
♢♢♢♢♢♢♢
アリスと別れ、グレンと共に魔塔へ向かった私は魔術の訓練に勤しんだ。
とは言っても常に身体の中とそのに放出される魔力を意識しながら、グレンの部屋に溢れている書籍の片付けをしているだけだが。
(これ、なかなかきついし、難しいな。)
集中が途切れると、身体の中の魔力が霧散してしまう。
常に意識し続けることがこんなに難しいなんて知らなかった。
「フィー、大丈夫かい?」
論文を書いている手を止め、グレンが心配そうにこちらを見る。
「ははは。コレ結構難しいね。」
「今は身体に魔力を留めておくことに慣れる為の訓練だから、常に魔力を意識するようにしてるけど、普段からずっと放出する魔力を意識する必要はないさ。
実際に魔術を使う際は、放出する魔力をその都度体内に取り込んで使うまでの短時間、留めておけたらいいからね。
まぁ、この訓練に慣れておけば、取り込む際も魔力を扱い易くなるから。」
だから頑張って。とふっと笑うと、また机上にペンを走らせ始めた。
私はよし!と気合を入れ直して、ソファーの上の本を持ち上げた。
その瞬間。
窓からコンコンと音がした。
顔を上げるとグレンの机の側の窓に小さな青い鳥が嘴を窓ガラスに打ち付けている。
「え、鳥?」
「いや、殿下から伝言だね。」
グレンが窓を開けると、その鳥はひらりと紙になる。
それを手に取り、読んだグレンの表情が強張ったのがわかった。
「……グレン?」
「フィー。
……アリスが攫われた。王城へ戻ろう。」
「え……?」
♢♢♢♢♢♢♢♢
「茶会に行く道中、何者かに連れ去られたと報告があった。」
ビリビリと空気が震え、青の魔力が辺りを漂う。
「なんで……騎士達や影は?いたんだろう?」
グレンがそう疑問を投げかけると、ラウール様が答えた。
「魔術師一人が、襲撃してきたらしい。
騎士も影も何かに押し潰されたように動くことができなかったと。
アリスを抱え、転移魔術を使い消えた。
今リオが魔力の痕跡から跡を追っている。」
「転移魔術!?
まさか。僕以外に使える人間がいる訳が──」
「だが、実際にアリスは連れ去られた。
──コレを残してな。」
グレンの言葉を遮るように、殿下が短く言い放ち、一枚の封筒を私に手渡した。
封筒には、『聖女様へ』と書かれてある。
「フィーネ宛だったからな。
私達は開けない方がいいと判断して中身は未だ確認していない。」
殿下はそう言うと、開けるように促した。
震える手で封を切る。中身を取り出し書かれた文を読んだ。
身体が震えて心が冷える。
心臓が早鐘を打つ。
「まじゅうの、えさ……?」
「──っ!フィー!」
ふらりとよろめいた身体をグレンが支え、ラウール様がそっと私から手紙を抜き取り声に出して読んだ。
「『アリステリア公爵令嬢は預かっています。
貴女の身柄と引き換えにお返ししましょう。
リックス男爵領の神殿でお待ちしております。
日没までに来られなかった場合、魔獣の餌にでもすることにします。』」
殿下が机に手を叩きつけた。
「はっ!よくもまぁ、そこに手をだしたものだな。アリスは次期王妃だぞ。
馬鹿の集まりか、神殿は。」
溢れ出る青の魔力が机の花瓶を割った。
いつも冷静な殿下が声を震わせ恐怖と怒りの感情に囚われていた。
それを見た私は、脳裏によぎる過去の恐怖をグッと押さえつけた。
「ごめんなさい、殿下。
私の想定が甘かったせいです。」
ゲームだと、アリスは断罪後結界の外に連れて行かれ魔獣に喰われて死ぬ。
もしかすると、そのシナリオが少なからず影響しているのかもしれない。
どうしてそこを考えなかったのか。
「フィーネのせいではないだろう。
それを言ったら私もそこまでの馬鹿ではないと、想定から排除していたのだからな。」
「殿下、フィーネ。」
ラウール様が私達の名前を呼ぶ。
冷静な声と魔力が、スーッと頭を冷やしていく。
だが、胸の奥で渦巻く怒りまでは、消えてはくれなかった。
「後悔は後だ。
今はこの状況をどう打開するか、だろう。
フィーネとの交換を求めているということは、アリスはまだ無事なんだ。
アリスとフィーネの二人ともを無事に保護するには、どうすればいいかを考えなければ。」
ラウール様はそう言ったが、私の中でもう結論は出ていた。
「殿下。」
私はグレンの手を離れ、真っ直ぐ殿下を見る。
「私を魔術師に渡した後、アリスと共に全員で離脱してください。
おそらく転移魔術で私を連れていくでしょうが、影に追わせなくても結構です。
どうせ行き先は決まっていますから。
その後は計画通りに。」
「そうは言っても、こちらの手続きは急いでも明日の夕方までかかる。
もともと計画実行は全ての手筈を整えてから、だったはず。
どうするつもりだ?」
そう聞く殿下に、私は笑顔を作り即答した。
「内緒です。」
「──フィーネ。
昨夜私は言ったはずだ。
友として、納得はしていないと。」
眉根を寄せ、殿下は私を咎めた。
「私も言ったはずです。
間違えないでくださいと。
──私達の宝に手を出した事を必ず後悔させましょう。
その為に使える駒は使います。」
私が引かないと悟ったのか、殿下は大きく溜息を吐くと真っ直ぐ私の目を見て言った。
「……一つだけ。
必ず無事に戻ると約束しろ。」
「はい。もちろんです。
アリスに泣かれないようにしなくちゃ。
……それじゃぁ着替えてきますね。
見た目だけでも完璧な聖女になってきます。」
そう言って私は部屋を出る。
頭の中で再度計画を練り直しながら、自室へ向かうのだった。
祝30話!
なんだかあっという間でした!
神殿編フィナーレに向けて筆を進めます!
続きがよみたい!面白い!と思って頂けたら
高評価、ブックマークよろしくお願いします!
作者の筆が倍速で進みます!




