29 譲れない。渡せない。
Side:グレン
二人から部屋を追い出され、予定通り王宮の書庫へ行こうかと踏み出した足を、ラウールの言葉を聞いて止めた。
「グレン、一度ちゃんとリオと話しておけ。
これから嵐が来そうな予感がする。
お前達がきちんと連携を取ることがこちらの強みにもなるからな。」
「ラウールはあの二人がなにをやろうとしてるのか知っているのかい?」
そう眉根を寄せながら聞くと、否と答えが返ってきた。
そしてメガネのブリッジを上げながら言葉が続く。
「ただ、今俺に振られている仕事は、本来なら殿下自身が手掛けられる性質のものばかりだ。
急ぎの案件も後回しにしてまで自ら動くなど、早々あることじゃない。
間違いなく、王家の根幹に関わる案件だろう。」
「なにを企んでるんだろうねぇ……。」
ハラリと前に落ちてきた髪を掻き上げながらそうぼやいた。
「彼女が心配か?」
「当たり前でしょ。
前よりはマシになったとはいえ、フィーは自分の身の危険に無頓着すぎるからね。」
「……心配なのは友人として?」
ハッとラウールを見ると、ニヤッと悪い顔をしている。
メガネの奥の瞳が悪戯めいた色をしているのが分かった。
「気付いてたのか……。」
額に手を当て項垂れる。
もしかすると自分以外は皆、フィーに対する僕の気持ちが『友愛』ではないと知っていたのだろうか。
そう思うと、羞恥心で顔が赤くなるのがわかった。
「昔からお前は自分の感情には疎いところがあるな。
まぁ、ちゃんと早くに気付けてよかったじゃないか。
手遅れにならずに済んだな。」
「手遅れ……リオか。」
「じゃぁ、きちんと話しておけよ。
俺はもう休む。
──あぁ、喧嘩して城を壊さないようにな。」
そう言うと、ひらひらと後ろでに手を振って王宮に用意された自室に戻っていった。
「喧嘩、ならないといいけどねぇ。」
不穏な言葉を漏らしながら、グレンはリオに会う手筈を整えるのだった。
♢♢♢♢♢♢♢
城下を一望できる王宮の屋上の端。
一歩足を踏み外せばそのまま転落する危険な場所に、リオは静かに座っていた。
時より吹く風が気持ちよく、髪をふわふわと撫でているようだ。
「来ましたか。」
転移魔法陣と共にグレンが現れた。
「呼びつけておいて、遅刻とは。
相変わらず時間にルーズですねぇ。」
毒をチクリと吐くと、立ち上がり友人に向き直る。
「はは。書庫で本を探していたら時間が過ぎてたんだ。
待たせて悪いね。」
「まぁ、今に始まったことではありませんしね。」
さあっと心地よい夜風が吹く。
「リオ、悪かったね。」
「遅刻が、ですか?」
「あのねぇ……。」
クスクスと笑いが漏れる。
「お礼も、謝罪も必要ありませんよ。
私がしたくてした事ですし。
貴方への嫌がらせでもありましたしね。
──自覚したようでなによりです。」
「リオ。」
「ほんっとうにどれだけ阿呆なのかと思いましたよ。
何が『友達』ですか。
あんなに嫉妬に狂ったような顔をしておいて。」
何度もグレンを煽ったのは気づいて欲しかったからだ。
どれだけ彼がフィーネを欲しているのかを。
アリスの時のような彼を見るのはこりごりだったから。
──そして何より。
自分自身の抑えきれない欲望を告白するように、言葉を継ぐ。
「私は、フィーネ様の全てを自分のモノにしたいのですよ。
あの艶やかなピンクブロンドの髪一本でさえ誰にも触れさせないように閉じ込めておきたいほどに。
……今はまだ理性が働きますが、今後もし私が、実際にそのような暴挙に出たら止められるのは貴方しかいないでしょう。グレン。」
「……何を言ってるのか分かっているのかい?リオ。」
ピリ……と空気がひりつき、銀色が辺りを漂い始めた。グレンの瞳が剣呑に煌めく。
「分かっていますよ。
闇の魔力が濃い反動ですかねぇ。
昔から負の感情が湧きやすくはありましたが、この数年は特に酷かった。
だから暗殺の仕事や討伐の仕事を好んでやっていたんです。
戦いの中でだけ、無心でいられますから。
ですがあの夜から変わってしまった。
鉛のように心に溜まっていく負の感情が薄れる代わりに、彼女への愛情と執着が胸を満たしていったんです。」
今日の部屋での出来事がダメ押しだった。
もう、身も心も完全に彼女に囚われている。
「私はもうあの方が居なくては生きていけない。」
その言葉が、『主人』に対する忠誠か、それとも『愛おしい人』への恋情か──あるいは、その両方か。
リオ自身にも分からないが、それがとても危うい感情だということは確かだ。
だからこそ、もしもの時のストッパーが必要なのだ。
「リオ。」
──バチバチッ
自分の上下左右に無数の魔導陣が発動する。
ご丁寧に影に戻る通り道にもグレンの魔道陣が配置され戻れなくなっていた。
(恐ろしいですね。この大量の陣を一瞬で配置するとは。)
「確かに、僕はお前を止めることが出来る唯一だろうね。けどね、リオ。」
──パチン。
グレンが指を鳴らすと全ての魔道陣が、まるで幻だったかのように消えた。
「そうならないように、対策を講じることだって出来るさ。
なんていったって僕は天才だからね。
むしろ、なぜ年単位で我慢していたんだい。
そんなにきつかったんなら言ってくれたら何か対策を──。
あぁ……僕が、君たちを避けていたから言えなかったのか。」
項垂れてしまったグレンに苦笑し、違いますよ。と反論する。
「たとえ、グレンが居たとしてもきっと言えませんでした。
あの頃の私は、自分の魔力がコンプレックスだったので。
皆への羨望や嫉妬が強過ぎて相談など出来はしなかったんです。
それももう、解決してしまいましたが。」
クスクスと笑いが込み上げる。
長年の苦しみから救い出し、光の中へ引っ張り上げてくれた彼女を、好きになるなという方がおかしいのだ。
「フィーはすごいね。」
「えぇ、本当に。」
サァ……と夜風が靡く。
リオは心の内を全て話せたことで肩の荷が降りた気がした。
「フィーは譲れないよ。」
グレンがこちらを真剣な目で見ながら言った。
その瞳には先程の剣呑さはなく、ただただリオという個をうつしていた。
しかし、瞳の奥底にフィーネへの強い恋情と独占欲が見える。
「渡さない。」
そう続けたグレンに、はっ!と鼻で笑う。
「そもそもまだ貴方のものではないでしょう?」
「お前のものでもないけどね、リオ。」
ピリッととする空気も一瞬で霧散する。
「はぁ。とりあえず──飲もうよ。」
溜息をつきつつ、そういうや否や魔道陣の中から、酒の瓶とグラスを二つ取り出した。
「どうしたんです、それ。」
その用意の周到さに目を見張っていると、グラスを一つ渡された。
「せっかくいい天気だし。
月見酒でもしながら話そうかと思っていたんだけどね。
なかなかに重い話をするもんだから、出し損ねてしまったよ。
ちなみにコレは殿下のコレクションの一つさ。
くすねてきた。」
そう笑いながら言うグレンに、つられて笑う。
「貴方、バレたら怒られますよ。」
「リオも共犯だからね。二人で怒られよう。」
グラスに酒を注ぐ。
やわらかな月の光が、酒に反射して美しかった。
「何に乾杯しますか。」
そう問うと、すぐに答えが返ってきた。
「僕達の友情に。」
驚いてグレンを見ると、ニヤッと笑っていた。
「くっ!あははははは!」
お腹を抱えて笑う。
こんなに笑ったのは十数年振りか。
笑いが収まりグレンを見ると、目を丸くして驚いていた。
「すみません、阿呆は私もだったなと。」
「そうだね、僕たちは共に阿呆だ。」
グラスを月に掲げる。
「僕達の——」
「私達の——」
「「友情に、乾杯。」」
二人は笑いながらグラスを鳴らした。
私、男の人の友情、大好きなんですよね!
この二人のことは絶対に書きたかったんです!
続きがよみたい!面白い!と思って頂けたらどうか高評価、ブックマークよろしくお願いします!作者の筆が進みます!




