28 チェス
「ふぁ……。眠い。」
殿下の執務室へ続く長い廊下を歩きながら、大きな欠伸が出る。
「打ち合わせは、明日の朝でも良かったのでは?」
リオが呆れたようにそう言うが、仕方ないのだ。
「だって、明日の朝は王宮の東屋で、王妃様とアリスと朝食をとった後、すぐに魔塔に行かなくちゃ。
早く魔術を使えるようになりたいし。
それに明日も殿下は忙しいでしょ。」
殿下の部屋の前に、グレンがいた。
銀髪を後ろに一つに結び、着ている服はいつもより胸元が少し開いた緩い格好になっている。
なんだか色気が目に毒だ。
すっと目を逸らしながら聞いた。
「グレンは殿下に呼ばれたの?」
「……なんで目を逸らしたんだい?……悲しいな。」
本当に悲しそうな声が聞こえて慌ててグレンを見た。
「ちがっ!ちょっといつもと雰囲気が違って戸惑って……って、騙したわね?」
私が話している途中から、肩を震わせて笑いを噛み殺しているグレンにジト目になる私。
「くくっ。フィーは可愛いねぇ。」
そう頭を撫でてくるグレンにむぅと睨んでいるとリオが口を挟んだ。
「それには同意しますが、フィーネ様の優しい心を利用して揶揄うのは良くありませんね。」
「そうよね!グレンは時々すごく意地悪なのよ!」
「おや。それはひどいですねぇ。」
ふっと笑いながら私の話に同意するリオに、グレンは顔を引き攣らせた。
「リオ、相変わらずやり方が汚いな。」
「おや、そうですか?自業自得では?
まぁ、強いて言うなら影ですので。」
そんな話をしていると、殿下の執務室の扉が開いた。
中から出てきたのはラウール様だ。
「お前達、何を扉の前でわちゃわちゃしている!
早く入ってこい!」
ラウール様に怒られ、執務室に入るとソファーに殿下が座っており、その前のテーブルにチェスが置いてあるのが見えた。
「ラウール様とチェスで遊んでたんですか?」
「お前達が来るまでの暇つぶしだ。
なかなかいい勝負だったが、この勝負は私の勝ちかな。」
ひょこっと机上の駒を見る。確かに、このままではラウール様の負けだ。
「じゃ、私がラウール様の後を引き継ぎますね。」
そう言って殿下の向かいに座る。
「はぁ。まぁいいが。
リオ、お前も含め全ての影を下げろ。
グレン、この部屋に空間遮断結界を張ってくれ。
ラウールはもう休め。
明日も朝から動いてもらわなければならないからな。」
次々と指示を出す殿下を尻目に、私はチェス盤を見ながらどう動かそうか考える。
「……かしこまりました。」
そう言うとリオは姿を消した。
「……ねぇ、殿下。
後でちゃんと話してくれるんだろうね?」
そう問うグレンに、殿下は、
「時が来たらな。」
と返す。
「『時』ねぇ……。」
こちらにグレンの痛い視線を感じる気がするがまるっと無視する。
(私は何も感じないー!視線なんて感じないー!)
深い溜息をついたグレンは指をパチリと鳴らして結界をはる。
「扉を開けると解除するようにしたから。
ごゆっくり〜。」
「では私も失礼します。」
そう言うとラウールも出て行った。
「後で苦言を呈されるかな、あれは。」
殿下はそう苦笑する。
「あはは。頑張ってくださいね!」
「お前は……皆から怒られる時は一緒だからな。」
「え、怒られます?いや、ほら『殿下』なのに?』
駒を取りながら私は疑問を投げかけた。
彼はこの国の第一王子だ。
誰かに怒られたりするのだろうか?
「普通に怒られるぞ。
幼少期から、そういう風に言ってあるんだ。
『間違えた時はちゃんと指摘して、ちゃんと怒ってほしい。イエスマンなどいらない』とな。
そうは言ってもリオは部下だからな。
そんな機会はそうそうないが、ラウールとグレン、それにアリスはきちんと怒るし、痛い指摘をしてくるな。」
「うへぇ〜。……怖そう。
やだ。殿下一人で怒られてきてくださいよ。」
そう言いながら駒を盤に置く。
「私達は共犯だろう?怒られるときも一緒だ。
──それで、進捗は?」
殿下も駒を動かす。
「うーん。まぁ、一応初期治癒魔術を使えそうなんで、なんとか8割ってところです。
最後のピースもグレンのお陰で揃いましたし。」
そう言いながら、髪飾りを触る。殿下はチラリと、それを見る。
「……なるほどな。グレンに頼んだのか?」
「まさか!たまたまです。」
「ならばそちらの手配は不要だな。」
「殿下の進捗はどうです?」
「こちらも8割方終わっている。
ラウールにも手伝ってもらっているからな。
明後日の夜には書面も含め手続きは完了する。」
そんな会話をしながらも盤上の駒は動いていく。
策を巡らせ、気付かれないようフェイクも混ぜつつ確実に取りにいく。
「……やりにくいな。
やはりフィーネは私と似ているタイプだな。
ラウールは分かりやすくてやり易いんだがな。」
駒を動かす手を止め顎に手を当て長考し始めた。
「ふふ。ラウール様とアリスは直情型ですもんね。やっぱり義理でも兄弟ですね。
リオとグレンもどちらかと言えば直情型です?」
「あの二人は力でゴリ押すタイプだ。
普段から策略など必要ないからな。」
殿下が駒を動かす。
「うわぁ。えげつない。
……なるほど〜。そうきますか。」
想定内だ。後少し。
「あちらは静かだな。
表立っては動けんとはいえ、こちらに身柄の要求くらいはしてくると思っていたが。」
「突っぱねられるのを分かっているから、
そんな手間をかけたくないんでしょうね。
それよりも、『研究』第一でしょう。
それでも。そろそろ痺れを切らして動き出したい頃だと思いますよ。
あちらの『研究』には『聖女』が必要不可欠らしいですから。」
「陛下には確認をとってある。
教会との約定は全部で三つ。
一つ、相互の不可侵条約。王城と神殿に互いの裏のものを忍ばせることを禁ずる。
二つ、不戦条約。王城内、神殿内での武器・魔法での戦闘は禁ずる。
三つ、相互不加害条約。王族、神官互いを害する事を禁ずる。
一つでも破ると、魔術契約は不履行とされ破った者を魔術が自動で拘束するらしい。」
カタン。
「よかった。
あっちで私がふわっと聞いていたのとほぼ同じですね。」
カタン。
「……本当に、いいのか。」
不意にチェスの手を止め私を見る殿下の瞳に心配の色が見える。
「私は王族として、フィーネの案に乗った。
それは、これから先、私の治世の前には神殿との確執を無くし、王家の管理の元におきたいと思っていたからだ。
だが──友人としては、納得はしていない。
お前の負担が大きすぎる。
万が一という事もあるだろう。」
深く溜息をつく殿下に苦笑しながら言った。
「殿下は、優しいですよね。
情に厚いから配下にも友人にもら慕われている訳です。
それでも『王太子』として、王手をかける駒があるのに、感情一つでそれを避けて機を逃すのを良しとはしない。
本当に賢王と呼ばれるのに相応しい。」
「やけに褒めるな。む……」
駒を動かす音が止まる。
殿下が気付いたのだ。
この先どう動かしても私を詰ませることは出来ないと。
「だから間違えないでくださいよ。
想定外があっても必ず王手をとりにいってください。
私は死ぬ気はさらさらありませんから。
……アリスと新学期の準備をしに街に行く約束をしているんです。
帰りに最近流行ってるカフェに行って苺タルトを食べるんですから。」
私は自らのクイーンを手に取ると、ニヤッと笑うと王手を告げる。
「必ず潰しましょうね。神殿を。」
──カタン。
殿下とフィーネのチェスの強さは五分五分の設定です。
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