27 甘美な願望
Side:リオ
一族は皆闇魔法の使い手だ。
代々王家に仕え、王家の為に生きて死ぬ。
それが自分の運命なのだと、理解し抗うことなど考えたこともなかった。
♢♢♢♢♢♢♢
自らの希薄さに気付いたのはいつだっただろうか。
影としての能力を上げれば上げるほど、自分がそこに本当に居るのか分からなくなる時があった。
幼少期から殿下やアリス達と共に過ごしてきた時間はかけがえのないもので。
自分の中で彼等はとても大切な友のは確かだったが、その感覚が拭えることはなかった。
むしろ、彼等の魔力の香りが自らの希薄さに拍車をかけているようでいつしか羨望と卑下の感情を抱くようになってしまった。
彼等が必要なのは優秀な『影』であり、『リオ』という個ではないのではという暗い妄言が、消えずにとぐろを巻いていた。
──なのに。
「あぁ。なるほどね。
だからリオの隣は落ち着くのか。」
「何の香りもしないから、リオの周りの空気は澄んでるみたいに感じるんだよ。
だから皆もリオの前で気を抜いてるんだね。」
──その言葉が耳に入った瞬間、息が止まった。
妄言が妄言でしかなかったのだと。
『リオ』という個を彼女が肯定してくれたのだ。
視界が滲む。
影として失格だと思うのに、涙が溢れる。
安堵と歓喜が心を満たす。
── きっと自分は、彼女のたった一言で絶望し、たった一言で救われてしまう。
それはもう恋だとか愛だとかそんな生ぬるい言葉では言い表せない、絶対的な存在。
愛おしく、守らなければならない己の全てを捧げるべき『主人』。
だが──こうも思うのだ。
頭の先から足の先まで、その心すらも全て自分だけのものにしたい。
誰の手も届かない深い影の籠の中で大切に大切に慈しみ愛でたい。
なんと身勝手で、甘美な願望だろうか。
「……りお!リオ!」
おそらく何度も呼んでいたのだろう。
心配そうな顔の彼女がこちらを見上げていた。
いつの間にソファーから立ち上がり、自分の側に来ていたらしい。
深く思考の波に飲まれていたことに驚くと共に、それ程衝撃だったのだと理解する。
「すみません、フィーネ様。
もう大丈夫です。」
安心させたくてそう言うが、彼女は頭をふるふると横に振り、
「謝らなきゃいけないのは私だよ。
デリカシーがなかったよね。
勝手なこと言ってごめんなさい。」
そう言うと、私の頬を流れた涙を指で拭ってくれた。
──愛おしさで胸が詰まる。
理性を総動員しなければ、このまま抱きしめて、食べてしまいそうだ。
ふぅ、と息をつくと
「違うんです。
フィーネ様の言葉に、救われたんですよ。
ずっとあったわだかまりが綺麗さっぱり消えてしまいました。」
そう、彼女に微笑む。
「そう、なの?……そっか、ならよかった。
あのね、私、皆と居られることがすごく幸せなの。友達だって言ってくれる人も沢山いて、側にいてくれるって約束してくれる人もいて。
沢山幸せを貰っちゃって申し訳ないくらいで。
だからその幸せをちゃんと倍くらいで返したいんだ。
もちろん、リオにもね。
だから私が言った言葉で救われたって言ってくれたの、嬉しい。
ありがとう、リオ。」
──あぁ、本当に貴女は。
愛おしくて、尊くて、何者にも代え難い私の主人。
一族は代々王家に仕える。
その運命に抗った者など一族には一人もいなかった。
これから先もいないのだろう
──自分以外は。
主人として全てを捧げる覚悟を持ちながら、主人の全てを自分の手の内に閉じ込めたいと思う矛盾を抱えている事に罪悪感を覚えないこともない。
ただ、その罪悪感さえ、今は心地いい。
リオは、胸の中に感じたモノを全て仕舞い込み、いつものようにふわっと笑った。
「殿下との打ち合わせまで時間がありませんね。髪、急いで結いましょう。」
そう言うと、自分の涙を拭ってくれた手をそっと掴み、その指にキスをした。
彼女の顔がみるみる赤くなる。
真っ赤に熟れた美味しそうな果実を食べてしまいたい衝動に駆られながら、ふっと笑いかけた。
「ま!また!そうやって揶揄うんだから!」
半べそをかきながら抗議してくるフィーネ様を宥めながら、ソファーへ移動させ髪を結う。
(そういえばこの髪飾り。
グレン、一度壊しましたね?)
おそらく、自分があげたのだと勘違いしたのだろう。慌てたグレンが目に浮かぶようだった。
──おそらく彼は自覚したのだ。
彼女に感じる感情に名前をつけたのだろう。
良かった。
そう思う反面、譲れないとも思う。
人とはなんて矛盾だらけなのだろうか。
(一度、グレンと話さなくてはいけませんね)
そんな事を考えながら手の中のピンクブロンドをガラス細工を扱うように優しく結うのだった。




