26 影の香り
「はぁ……やっぱり殿下と一緒にいるアリスは一番可愛かったわ。
推しカプ最高。
王宮の料理の美味しさは限界突破してた。
お肉はほろほろでジューシーだし、パンもふわっふわだった。
あとはなんてったってあのレモンパイが美味しすぎて、永久就職したくなっちゃう。」
王宮での夕食を終え、殿下との打ち合わせまで私に割り当てられた客室に戻る。
「ふふ。朝のフレンチトーストも絶品ですよ。」
「うわぁ!」
いきなり背後から声が聞こえてビクッとして叫んでしまった。
「リオ!もう、いるならいるって言ってよ!
……恥ずかしい独り言、言っちゃってたじゃない!」
頭を抱えてしゃがみ込む私に対し、リオはクスクスと笑いを漏らしながら、目の前に片膝を立ててかがみこむ。
「フィーネ様のこういう姿が見たり聞いたりできるのは、私の特権ですねぇ。」
嬉しそうな声音が聞こえ顔を上げると、思いの外近くに鳶色の瞳があり、心臓が一つ跳ねる。
「っ!近っ!」
驚いて後ろに尻餅をついてしまった私に、リオはなんだか悪い顔をしながら、手を優しく引っ張って起こしてくれる。
「フィーネ様は猫みたいですね。」
(リスの次は猫。可愛いけどなんか嫌)
むぅ……と釈然としない思いで、立ち上がった瞬間グイッといきなり引っ張られた。
「わっ!」
ぽすっ。
リオの腕の中にいる事をあたまが理解した瞬間、頬が真っ赤に染まった。
「ちょ!り!リオ!」
慌てて一歩離れようとすると、腰のあたりをぐっと押さえつけられ動けなくなってしまう。
そして、すん……と首の辺りの匂いを嗅がれた。
「ひっ!や、やだ。なんで嗅ぐのよぉ……。」
そんな情けない声が出てしまうが仕方ないだろう。
(一日中、魔塔で色々やっていたし、絶対汗かいてる……。何?何チェック?これも影の仕事?)
「あぁ、やっぱり。」
掠れる程の低い声でそう言うリオの声に怒気が含まれている気がして、困惑する。
「え?えっと。何がやっぱり?」
「グレンの匂いがします。
香りが移るなんて、随分と長い時間近くにいたんですねぇ。」
ドキッとすると同時に、今日あったアレやコレを思い出し更に耳まで真っ赤だ。
「えっと、色々あって、慰めてもらったっていうか?
あ!それで、親友になったのよ!
グレンと!」
(これはリオの影としての仕事なのね。
護衛対象が自分がいない間に何していたのかを知りたいのか!)
「……親友。」
そう言うなりくつくつと笑いはじめてしまった。いつの間にか感じていた怒気も霧散している。
「あの、リオ、もう離して……?」
「えぇ、すみません。」
そう謝りながら私を離す彼に、やっとまともに息ができると一つ溜息をつく。
「あのね、こんな事しなくても事情聴取には応じるよ?
そりゃ話せない事とかもあるかもだけど、出来るだけリオがいない時に何があったかの情報共有はするから。
影の仕事だもんね。」
リオにそう言うと、額に手を当てそれはもう大きな溜息をついた。
「フィーネ様は、ほんっとうに腹が立つくらい鈍いですねぇ。」
「鈍い……。」
(えぇ?なんだかすごい馬鹿にされたんだけど)
何故毒をはかれたのかわからず首を傾げていると、彼の視線が(目は閉じられているが)、私の髪へといくのが分かった。
「それはそうと、髪、解けてしまったんですか?朝と違いますね。」
「そうなの。綺麗に結ってくれたのにごめんね。」
「構いませんよ。
ただ、これを結ったのはグレンですね。
相変わらずこういう事は不器用さが出ますねぇ。」
そう言うと、手を引いてソファーに誘導された。
くしを手に取り私の背後に立つ。
「このままでいいよ?
せっかく頑張ってグレンがやってくれたし。」
そう言うが、その発言はまるっと無視されたようで髪留めを
外されてしまう。
ふわっとピングブロンドが広がる。
「これは。」
じっと花の髪留めを見るリオに、そうだったと思い出した。
「グレンが保護魔法をかけてくれたんだって。
凄いよね、2、3分で付与してたよ〜。」
「彼は天才ですからね。
本来なら付与だけで1時間はかかりますし、これ程の精度と威力を持ったものはそこらの魔術師には出来ないでしょう。
それにしても……。」
「それにしても?」
「──いえ。痛かったら言ってくださいね?
三つ編みのハーフアップにしましょうか。」
そう言いながら、優しく髪を結い始めるリオにさっき気づいた事を聞いてみた。
「うん、ありがとう。
そういえばリオ、なんの匂いもしなくてびっくりしたよ。
闇属性だからなの?」
そう。リオは驚くほどなんの香りもしない。
身体から香る匂いは、魔力の香りだと言われている。だから人それぞれ香りが違うのだ。
自分では分からないが、私はフルーツみたいな甘い香りがするらしいし、グレンは甘く重いムスク、アリスは弾けるシトラス、クリス殿下は気高いベルガモット、ラウール様は落ち着いたラベンダー。
前世で一時期、香水を好んで集めていたのでその知識が、彼らの個性豊かな魔力の香りを、私にそう理解させているのかもしれない。
だからこそ、リオのなんの匂いもしない魔力に驚いたのだ。
「闇魔法は魔力量が多ければ多いほど香りがしないんです。
だからこそ『影』なのですよ。」
「あぁ。なるほどね。
だからリオの隣は落ち着くのかぁ。」
そう言うと、リオの髪を弄る手が止まった。
「何の香りもしないから、リオの周りの空気は澄んでるみたいに感じるんだよ。
だから皆もリオには気を抜いてるんだねぇ。」
(うんうん。納得。)
自分で出した結論に満足していると、パラ…と結っているはずの髪が滑り落ちてきた。
「あれ?リオ、どうし……」
訝しげに振り向くと、そこには目を開き静かに涙を流すリオがいた。
リオはグレンより遠慮がありません。どんどんフィーネを追い詰めちゃいます。(作者比)
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