22 涙
あんなに苦しかった心の中の負の感情が、彼に抱きしめられた途端、全て流れ出して無くなったように感じた。
『フィー、大丈夫だよ。僕がそばにいる。』
彼の優しい声が心に染み渡る。
優しい魔力が私を包み込む。
あぁ、なんて暖かい──。
♢♢♢♢♢♢♢
目を開けると、先程まで座っていたはずのソファーに横になっていた。
側にグレンの綺麗な横顔がある。グレンはソファーの下に座っており、器用に片手で本を読んでいる。もう一方の手は私の手を握っていた。
寝起きの働かない頭でじっとグレンを眺めていると、ふと、こちらを見たグレンが目を軽く見開き、ふっと優しく微笑んだ。
「フィー、気分はどうだい?」
読んでいた本を置き、そう言った。
「だいじょうぶ。」
そう言うと困ったように笑って、
「そうは見えないんだけどなぁ。
ほら、ちゃんと言ってごらん?
僕はフィーの心の中を知りたいんだ。」
グレンの優しい声色が脳を麻痺させているみたいだ。
聞かれるままに、静かに涙を流しながら心の内を吐露してしまう。
「……こわかった。みんなしんじゃって。
わたしもつれていってほしかったのに、みんなおいていっちゃった。
ひとりはいやなの。
だから、はやくみんなのところにいきたかった。
それをおもいだした。」
グレンは繋いだ手にぎゅっと力を込めると、私の涙をもう片方の手で拭い、目を細めて優しく言った。
「フィー、これからは僕がずっと側にいる。」
「ずっと?」
「そう、ずっとだよ。」
「おいていかない?」
「うん。どこにもいかないよ。」
涙を拭う手が優しくて、その言葉も優しくて。
心が満たされるのが分かった。
「うれしい。」
涙が溢れて、そんな声が漏れる。
「ふふっ。寝ぼけたフィーは、正直で可愛いね。
もう少し、おやすみ?
昼になる前に起こしてあげる。」
そう言ったグレンは、魔力で私を再度夢の中に導いた。
彼の魔力に守られるようにして落ちた眠りの中で、もう、あの悪夢を見ることはなかった。
「フィー、お昼だよ。」
そんな声が聞こえた気がして、目を覚ました。
なんだか頭がスッキリしている。
最近ずっと、朝昼晩と忙しくしているのに夢見が悪く寝た気がしていなかったのだ。
久々にちゃんと寝た気がした。
ソファーから起き上がると、グレンが隣に座ってレモン水を渡してくれた。
水の中にレモンの輪切りが入っており、冷えていたそれを飲むと、レモンの爽やかな香りが鼻に抜けて頭をスッキリさせてくれた。
「よく寝れたかい?」
そう言うグレンに、頭がクリアになった私は、さっきの醜態を思い出してしまった。
(うそ……なんか、すっごい恥ずかしい事を言った、よね)
「あ、あの、グレン、さっき私が言ったことは忘れてもらってもいいかな?」
私の顔はきっと真っ青だ。
寝ぼけてたとはいえ、あんな子供みたいなことをペラペラ話すなんてありえない……
半ば泣きそうになりながらグレンに言うと、
「うーん、嫌。」
と笑顔で断られた。
「あんな可愛いフィーを忘れるなんてありえないよ。」
「かわ……?な!!なに言って!」
くすくす笑うグレンに、揶揄われたと判断した私は口をへの字にし、
「揶揄うなんてひどい。
本当に恥ずかしすぎて忘れてほしいのに。」
そう言い、グレンを睨んだ。
「揶揄ってなんかない。本音だよ。」
そう言うと私の頭をふわっと撫でた。
「フィーは今まで、人に頼ることをしないで弱い所は見せまいとずっと気を張っていただろう?
それなのに、僕を頼ってくれて、弱い所を覗かせてくれた事が、本当にすごく嬉しかったんだ。
だからごめんね。
忘れたりなんかしない。」
そこまで言われたらなにも言えない。
はぁ、と溜息を一つつき、
「分かった。私が言った事を忘れるからいいよ。」
と言うと、残ってたレモン水をぐっと飲み干した。
「フィー、一つだけ僕のお願いを聞いて欲しいんだけど。」
そう言われてグレンの方を見ると思いの外真面目な顔をしていたのでグラスを置いて背筋をシャンとした。
「なに?」
「弱さを隠して気高く振る舞うのは君の美徳かもしれない。
けれど、僕はフィーが本当は泣き虫だって知ってしまったからね。
だから、もう一人で泣かないで。
僕の前でまで弱さを隠そうとしないで。
言っただろう?ずっと側にいる、って。」
グレンの深銀の瞳が私をじっと見つめている。
自分の心が震えたのが分かった。
じわりと涙が溢れてくる。
前世から、ずっと一人だったから。
誰かに頼ってしまったらもう二度と一人で立てなくなる気がして、怖かった。
この人は私が強がってるのを知ってる。
ずっと誰かのそばで泣きたかったことに気付いてる。
全部知って側にいてくれるのだ。
ぽろりと涙が溢れた。
堰を切ったようにぽろぽろと溢れていく。
グレンは、微笑みながら私の涙を拭うが落ちる涙は止まらない。
「いい子だ。今までの分いっぱい泣くといい。」
そう言いながら頭を撫でるグレンの声は溶けてしまうほどに優しい。
子供のように泣きじゃくる私を、彼はただ静かに私の涙が枯れるまで、ずっと側にいてくれた。




