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止まらなくてはならない。
これ以上はダメだと分かっている。
──けれどもう。
自分の意思だけではどうすることもできないところまできていることを、痛いほど自覚していた。
「暇だわ。」
先程から同じセリフを何度かはき、ベッドでゴロゴロしている聖女様が唐突に、体術を教えて欲しいと強請ってきた。
(聖女様が何かを頼んでくるのは初めてですね)
人に頼るのが苦手な彼女が、こうして自分に頼っているという事実に、ほんの少しの優越感が心の底に芽生えているのが分かる。
そんなことを考えていると、既に聖女様が、使用人に着替えを頼んでいるところだった。
このままなし崩しに訓練をすると方々(主にアリスとグレン)から「何故止めなかったのか。」とクレームが来ること間違いない。
無駄だとは分かりつつも、一応、止めようとするがやはり、先手を打たれていた。
「無駄に頭の切れる聖女様ですねぇ、本当に。」
思わず毒づき、溜息が出る。
この3日一緒にいて分かったことが何個かある。
彼女は基本的に頭が良い。常に何手先かの未来を想定して今を決めている節がある。
そして、それを決して人には相談しない。
また、自分がこうやって毒をはいたり、あえて雑な扱いをする度に、どこか嬉しそうにする。おそらく『友達』としての関係に慣れてきたことが、彼女も心地いいのだろう。
あと、トマトが苦手だ。朝食に出た際は、凄い顔をしながらも食べていたが、2日目に出てきた際に「また出てきた!」と絶望的な顔をしていたので、横から食べてあげたらとても喜ばれた。
そうこう考えていると、着替えが終わったらしく、
「行こう!」
と言う声が響く。
(楽しそうで何よりですが。これは後でアリスとグレンからお小言ですねぇ)
その未来が簡単に予測がつき、また大きく溜息が出るのだった。
公爵家は多くの騎士を抱えている。騎士達は王家の騎士と引けを取らないほどの実力を持っている。
(ですが、見たところ少し弛んでいる様ですね。後でラウールに報告しておきましょう)
訓練所の端を借りると聖女様はストレッチを始めた。
おや、と感心する。
(柔軟性はあるんですね。中々筋が良さそうです)
普段から、影候補の子供達に教える事も多い。彼等に教える時ほどは厳しくならない様に気をつけながら教えていく。
(やはり筋がいい。ですが、体力が絶望的にありませんねぇ)
くすくすと笑いが込み上げ、聖女様を心配していると、ピンクダイヤのような目を半眼にし、こちらを恨めしそうに見ていた。
(少し厳しすぎましたか)
苦笑しながら聖女様を起こしてやる。
どうやら毎日早朝ランニングをする事にしたらしい。
(アリスが一緒に走ると言い出しかねませんね。そういえば昔、アリスもランニングをしていた時期がありましたか。)
そうこうしていると、先程からチラチラとこちらを見ていた騎士達が来て、手合わせをする事になってしまった。
(聖女様のお願いとあらばやらない訳にはいきませんしねぇ。)
それに、彼女の言ったように公爵家の騎士達が強くなる事はメリットしかない。神殿の件もあり、ここにその手のものが来る可能性も無きにしも非ず。ならば、ある程度自分のようなモノの相手を経験しておいた方がいいだろう。
まだ動けない聖女様を抱え、椅子に座らせると、久しぶりに少しだけ本気でやろうかと表情を消し騎士達を見た。
戦いの最中も聖女様から意識を逸らさないように気を付けながら、騎士達を沈めていく。
(粗方片づきましたかね。やはり彼らは私のようなモノに対しての経験が無さすぎる。これは問題ですね。…まさか、聖女様は騎士団の問題点まで把握していたと言う事は…ないですかね)
有り得なくはない、と残り3人を沈めるべく動く。
聖女様の周りには何人かの騎士が、彼女と談笑しているようだ。
「守られるだけの聖女にはなりたくないの。彼女達を守れる聖女になりたい。想定できうる最悪の事態を潰す為にできる事は何でもやるつもり。」
そんな言葉が聞こえた。
(本当に、勇ましいですねぇ)
と、最後の一人を沈めた瞬間、騎士の一人が彼女の手に触れたのが見え、目を見開いた。心の奥からどす黒い感情が湧き出し、その衝動のままにその騎士の背後をとり、首に短刀を突きつける。
「聖女様に触れるな」
漏れ出る殺気を隠す事もせず言う。
殺気に反応してしまったのか、周りの騎士が柄に手をかけていた。
聖女様が取りなした為、殺気を消す。だが、心の中のどす黒い感情は消えてくれそうにもない。
それを表に出さないよう気を付けながら、いつもの『殿下の影』として対応する。
(やはり、聖女様は騎士団の問題点に気付いていたのですね)
暫くの間、訓練を手伝う事になったが、しっかり扱いてやろう。聖女様に気を回せない程厳しく。
ふと聖女様を見ると高い位置で結んであった髪の毛がかなり崩れていた。
「聖女様、戻る前に髪を整えましょう?」
そう言うと返事を聞かず髪留めを取ると、ふわっと美しいピンクブロンドが広がる。
聖女様は汗を気にしているようだったが、そんなものを感じない程に甘い香りがした事に動揺した。
引っ張らないように優しく手櫛で髪をとく。細く艶やかなピンクブロンドが自分の手の内にある事に、暗い独占欲が激しく突き上げてきた。
たまに指が耳に触れると、少しだけピクっと反応している様を見て征服欲が刺激される。
(この感情はどうすれば、良いのでしょうね)
初めて感じる制御が難しい感情に、胸の内がざわつく。
髪を結び終えたが、どうしようもなく名残惜しい。衝動のままに手の内に残った一房を優しく握り込み、自らの唇へ押し当てた。
その時、グレンの魔力が訓練所の入り口に現れたことを察知した。そのままチラリと視線をグレンがいる方に向けると、目が合った。
驚愕。そして、燃えるような嫉妬。
そんな表情をしている彼をフッと笑う。
口元にもっていっていた一房を名残惜しく手元から離し、聖女様に声をかけた。
「ーーはい。終わりましたよ。」
ホッとしている聖女様に、お礼を言われ、罪悪感が胸を刺した。それと同時に、狂おしいほどの独占欲が自分の中にある事を自覚してしまい、小さく自嘲した。
気がつくとグレンはいなくなっていた。
聖女様もグレンがいた事に気付いてはいないだろう。
(あの日グレンが、友になったと言った時、どれだけ落胆したか。)
おそらく自分はもう、この感情から逃れる事は出来ないだろう。
(貴方は昔も今も馬鹿ですねぇ、グレン)
自分の気持ちを自覚する事を拒む阿呆な友人に、内心毒をはき、自らの感情の処理を諦めた。
(もう、どうする事も出来ませんね。彼女を、フィーネ様を手に入れたい)
ぐ、と掌を握りしめ、前をふらふらと歩くフィーネを見て愛おしく困ったようにふっと笑うのだった。
あのシーン!あのシーンを書きたかったのです!
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