119 ご褒美
グレンがパチンと指を鳴らすと、先程の青空へ風景が戻った。
ふわふわと雲が穏やかに流れている。
私はほぅ、と息を吐くと零れ落ちる涙を拭うと、ネロを手のひらに乗せて立ち上がり、グレンを見て笑った。
「グレン、ありがとう。
何があっても、きっと大丈夫だって思えた。」
グレンは、私を見てホッとしたように微笑んだ。
「うん。それなら良かった。
頑張った甲斐があるよ。」
「お前、すげぇなぁ。光の花か。
あの星空なんか足元にもおよばねぇくらい綺麗だったぞ?
──ありがとな。
お前のおかげで、恐怖が薄れた。」
ゼロも穏やかに笑いながら立ち上がるとグレンの側に行き、彼の銀髪をぐりぐりと撫で回した。
「どういたしまして──、ちょっと!
やめてよ、先生!髪が乱れるだろう!?」
「はは!いいじゃねぇか。俺が珍しく褒めてんだ。
素直に受け取れ。」
リオも、グレンに近づくとふわっと笑いながらゼロに同意する。
「そうですよ。師匠が褒めるなんて中々ないんですから。
あぁ、大丈夫ですよ。乱れた髪は私が結ってあげます。」
「嫌だよ。
何が嬉しくて男に髪を結ってもらわなきゃならないのさ。
そうだ、フィーがやってくれるかい?
僕の髪型、こっちの方が好きだって言ってたろう?」
グレンはリオの提案に、物凄く嫌な顔をして却下すると、いいことを思いついたという風に私を見て、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
私は顔が赤くなるのを自覚して、揶揄うグレンを睨んだ。
「い、いつの話しをしてるの!?
絶対やらないから!!リオにやってもらって!」
「えぇ……?頑張ったのに?ご褒美はないのかい?」
しゅんと子犬のように項垂れて、チラリとこちらを見るグレンに私はたじろいだ。
「うぅっ。その言い方はずるいよ。
はぁ……。分かった、一回だけだからね?
でもそんなのがご褒美になるの?」
私はむぅっと口を尖らせながら渋々了承するが、なんだか腑に落ちないなと眉根を寄せてグレンを見た。
「そうだよ。僕にとってはもの凄いご褒美。」
嬉しそうに笑うグレンに、よくわからないなと首を傾げた。
「ええ──?じゃぁ、後ろ向いて座って?」
グレンの髪紐を解くと、さらりと銀色のシルクのような艶やかな髪が踊った。
ふわっとムスクの甘い香りがして、その香りに身を委ねたくなってしまう。
ドクドクと跳ねる心臓に気づかないふりをして、緊張で震える手で、髪をすいた。
自分の頬が赤くなっていくのも自覚しつつ、それも無視して
、髪を引っ張らないように優しく纏めて髪紐で結び直した。
結び終わりホッと息をつく。
「ふぅ。出来たよ。
……これ、思いの外緊張するね。」
「ふふ。ありがとう。」
グレンは、立ち上がると幸せそうに笑いながら私の頭を撫でる。
「確かに、これは羨ましい限りだな。
俺の髪も結ってくれるか?フィーネ。」
するとそれを見ていたラウール様が、口元に手を当てながら髪結いを要求してきた。
後ろで一つに結んでいる涼やかな水色の髪が、肩から前に落ちており、それをさらりと手ですくように整える。
すると、アリスがラウール様の袖を引っ張りながらぷくっと頬を膨らませた後、私の方を向き上目遣いでお願いしてくる。
「ずるいですわ!お兄様!
フィーネ、私も結ってくださいませ!」
(可愛い!可愛すぎるよ、アリス!)
私がいいよ!と返事をする前に、殿下がアリスの隣に来て彼女の髪を一房手に取った。
「アリス、私に結わせてくれ。
君の黒曜石のような美しい髪を弄ってみたいと思ってたんだ。」
そう言うと、手に持ったその髪に口付けるとそのままアリスの顔を覗き込んだ。
「で、殿下っ!皆の前で、やめてくださいませ!」
真っ赤になったアリスは殿下の手から髪を取り戻すとその髪をぎゅっと握りしめてうわずった声で叫んだ。
殿下はその様子に愛おしげに目を細めると、
「ふふっ。皆の前じゃなければいいんだな?」
と唇に指を這わせた。
アリスは、ビシッと固まったかと思うと、すぐさまラウール様の後ろに隠れた。
「──っ!もぅ!殿下のおばか!」
私はそれを瞬きもせずに見ていた。
「ひゃぁ!甘い!甘いよ!
見た?聞いた?ピィちゃん!
これ!これが見たかったの!念願の正面だよ!」
「えっと……よかったわね?」
手の上のネロにこの興奮を伝えるが、ネロはちょっと引いてるような気がする。
リオは、私の頭を撫でながら私が満足したことを喜んでくれた。
「正面で見れて良かったですねぇ、フィーネ様。」
「ふむ。
──俺も、フィーネの柔らかいピンクブロンドを弄ってみたいと思っていたんだが……許してくれるか?
フィーネ。」
ラウール様は、私の後ろで結んでいる髪を一房手に取ると同じように口をつけた。
「──っ!な、な、なにを、言って……!
はっ!ラウール様!真似っこダメです!
推しカプの貴重なシーンを上書きしないでください!
あのシーンを脳内に焼き付けてるんですから!!」
私はそう言うと、ラウール様の手から髪を奪い取った。
「ほんっと、お前ぶれねぇなぁ。
残念だったな、ラウール。」
ゼロがクックッと笑いながらそう言うと、ラウール様は肩を大袈裟にすくめて残念そうにした。
「ふ。揶揄いのネタを間違えたか。残念だ。」
「ラウールは、相変わらず性格悪いわね。
けれど、半分は本気だったわよね?」
「──愛おしい妹の髪を弄りたいのは嘘じゃないからな。」
「妹、ねぇ。」
ネロは何か言いたげにラウール様を半眼でじっと見ているが、彼はその視線を受けても動じず笑みを絶やさない。
ネロはその様子に深く溜息をついた。




