118 月の光
言われた通りにみんなで円になって座ると上を見上げた。
ネロは私の膝の上でちょこんと座っている。
どこまでも続く青空と穏やかに流れる雲。
先程の喧騒が嘘のように、優しい時間が流れていた。
「何をするんですか?グレン。」
リオが片膝をつき首を傾げて1人立ち上がって魔導陣を弄っているグレンに問いかけた。
「ふふ。秘密だよ。先に言ったら面白くないでしょ?」
するとアリスと殿下も、グレンがやっていることを不思議そうに眺めた。
「そういえば先程もずっと1人で魔導陣とにらめっこしてましたわね。」
「まぁ、それはいつものことだがな。
珍しく今回は、随分と解析に時間がかかったようだな。
やはり魔法だからか?」
グレンは手を止めずに殿下の問いに答えた。
「そうだね。魔法は本当に奥が深いよ。
ふふ。魔法に触れるのが楽しすぎてうっかり飲食を忘れちゃいそうだよ。」
すると、その言葉にラウール様は呆れて溜息をつくと、ふと思い出したように顎に手を当て、ニヤリと笑った。
「そういえば昔、魔術書を読みつつ、食事をしながら魔導陣の実験をして、アリスから激怒されていたこともあったな。
怒って炎をまとったあの時のアリスも可愛かった。」
ネロはそれを聞いて顔を引き攣らせている。
「流石はティナの子孫なのよ。
──魔法馬鹿は遺伝するのね。」
「──ラウール、余計なことを思い出さなくていいよ。
さぁ、最終調整が終わったよ!
──始めよう。」
グレンがそう言ってパチンと指を鳴らすと、空に一つの満月が現れた。
その月を中心に、青空が夜空へと切り替わる。
月から滲み出る優しい銀色の光が夜闇に溶け、外側に向けて藍色から黒へグラデーションになっていた。
そして空には幾千もの星々が宝石のような輝きを放ち散らばった。
私達が座っている場所はまるで静かな水面のようで、キラキラとした頭上の星空を鏡のように映し出していた。
「これは、すごいわね。さすがはティナの子孫だわ。」
膝の上で空を見上げるネロは感嘆の声をあげた。
みんなも夜空を見上げ、その美しさを目に焼き付けているようだった。
まるで星空はリリスのようだ、と思った。
彼女は人々の心に美しく、宝物のような記憶を残していく。
私も上を見上げてそれを眺めていると、不意に毎晩感じる不安が襲いかかってきた。
思わずぎゅっと二の腕を掴み、爪を立てる。
痛みを感じるとちゃんとここにいるのだと安心でき、ホッと息を吐いた。
私は、夜が苦手だ。
前からそうだったが、あのリリスの一件からさらに苦手になった。
夜闇に溶けて、消えてしまいそうな感覚がどうしても拭えないのだ。
私はいつまでここにいられるのだろうかと不安に駆られる。
朝起きたらもう私が私じゃないんじゃないかと、その不安が消えなくて、朝を迎えるまでが怖い。
隣にいたゼロが、二の腕を掴む手に触れそっと撫でた。
悲しそうな、不安そうな瞳が私を見ていた。
私が手の力を抜くと、ゼロは私の手をキュッと握り、掴んでいた二の腕から離した。
星空の美しさよりも、私のことを気にかけてくれることに嬉しさが込み上げてきて、けれどそんな風に思ってしまう醜い自分が嫌になる。
「フィー。先生。」
私とゼロの正面にいたグレンが、私達を呼んで優しく微笑んだ。
「ラウールから、フィーと先生とリリスのことを聞いたんだ。
あの夜、何があったのかを。
あの日も、こんな感じの、綺麗で美しい夜空だっただろう?」
「あぁ。そうだな。ムカつくくらい綺麗な星空だった。」
ゼロのその言葉に、なんだか少しだけホッとした。
グレンは苦笑しながら、両手を広げた。
「なんか、嫌だなって思ったのさ。
僕は夜が好きなんだよ。
美しいのは星だけじゃない。月もだろう?
美しい月が、フィーと先生の記憶を変えてあげるよ。」
そういうグレンは集中するようにフッと息を吸うとパンと両手で柏手を打った。
グレンの深銀の瞳が、さらに深く輝いたように見えた。
まるで、月の光だ──。
そう思った瞬間、空に浮かんでいた月が段々と大きくなり、ジワリと光を放ち始めると宝石のような光を放っていた星々が輝きを失っていった。
その月から沢山の優しい光の粒が、ふわふわと舞い降りてくる。
私が思わず手を伸ばすと、その粒が一つ手の上に乗った。
よく見ると、ビー玉を思わせる光の粒は銀色の膜をまとっており、その内部で幾つもの色彩が混在していた。
私達の周りはあっという間に、その銀色でいっぱいになる。
「さぁ、見ててね!」
グレンはそう言うと、もう一度柏手を打った。
すると、銀色の粒がひとつ、またひとつと凄いスピードで空に上がっていく。
そして空へ到達した瞬間光が弾け、色とりどりの光が花のように舞い落ちた。
──花火だ。
懐かしさにジワリと涙が浮かぶ。
そしてその美しさに心が震えた。
「あぁ……懐かしいですわ。やっぱり、綺麗ね。」
アリスがポツリと震える声で呟いた。
「うん。綺麗。すごく、綺麗。」
私の声も震えていた。
ポロポロと涙が溢れていく。
私はそれを拭うこともせず、打ち上がっては消えていく光の花を目に焼き付けた。
──夜は苦手だ。
あの日の恐怖を、拭い去ることは簡単ではない。
だけど、どれだけの恐怖に呑まれても、この儚くも美しい花を思い出したら戻ってこれる気がした。
周りの光は全て空へと打ち上がり、私の手の中に最後のひと粒だけになった。
私はそっとその光を握りしめた後、手のひらを開いて光を空へと送る。
打ち上がった最後の光の花は、まるで私の恐怖を解き放つように美しく咲いて散ったのだった。




