117 過去を過去に
「その呼び方いい加減やめなさいなのよ!
──クリスが羽をむしろうとするのよ!
フィーネ!怖いからここから出してくれるかしら!?」
「えぇ?でも、ほら、名前呼ぶのはまだ早いかなって。
それに、『ピィちゃん』って呼び方可愛いでしょ?
──殿下、ダメですよ。
なに虐めてるんですか。」
「まさか、その呼び名、気に入ってるのかしら!?
やめるのよ!魔族の威厳というものがあるのよ!」
ネロは、呼び名が本気で嫌らしく慌てた様子で抗議をしてくるし、殿下はその隙をついてネロの羽を摘むと、笑いながらこう言い捨てた。
「ははは。
尾の羽をとってペンに付ければ綺麗だろうと思ってな。
なに、また生えてくるだろう?
──私の妹に暴言をはいたことを許しているわけじゃないからな。」
殿下の目が笑っていないのでネロにとってはものすごい恐怖だろう。
すると、アリスがきょとんと可愛く首を傾げて恐ろしいことを言い出した。
「まぁ。焼き鳥にするんではないんですの?」
「アリス。焼き鳥だと死んでしまうだろう?
それに、食べてもきっと美味しくないぞ。」
「……それは残念ですわ。
ではその羽ペンを私も欲しいですわ。
羽は綺麗ですもの。……羽は。」
「もちろんだ。お揃いにしよう。」
「ひぃっ!!フィーネ!助けるのよ!!
妾の羽がピンチなのよ!」
パニックでパタパタと鳥籠の中で飛び回るネロが可哀想になって、おそらくラウール様が作ったであろう、蔦でできている鳥籠に手を伸ばすが、リオにその手を掴まれてしまった。
「ダメですよ、フィーネ様。
あの発言を許している人はここには誰もいません。
──謝りもしないのに、フィーネ様に助けを求めるなどおかしいでしょう?ネロ。」
ネロはパタリと羽をたたみ、シュンとしてしまった。
「ゼロ、もう大丈夫だから下ろして。
ラウール様も、ネロを出してあげてください。」
私はゼロとラウール様にそう頼むと、ゼロはゆっくりと私を足から地面に下ろした。
今度はキチンと立つことが出来てほっとする。
みんなの前で恥ずかしくてあんな失態は見せられない。
ラウール様がパチンと指を鳴らすと、鳥籠がひらりと解けるように分解され消えていった。
そしてパタパタと翼を羽ばたかせて飛んできたネロは、そっと差し出した私の手のひらの上に着地した。
「──ごめんなさい、なのよ。
半分八つ当たりだったのよ。」
「ふふ。半分は本心だったんだ。」
フィっと目線を逸らすネロに、クスクスと笑いが漏れた。
「いいの。
私はピィちゃんが言ったことは『正しい』って思ってるから。
ピィちゃんは、なんにも悪くないんだよ。
悪いのは、私と、希望を持たせるようにしたリリス。
だから、ちゃんと責任とってもらおうね。──本人に。』
「やめるのよ。
過去に囚われるのはよくないって分かったのよ。
だから、もう、いいのよ。
フィーネがリスクを負う必要はないのよ。」
「よくないの。
確かに過去ばかりを見て先に進めなくなるのはダメだと思う。
だからね、『未来』を見るには『過去』をきちんと『過去』にしないといけないの。
その為にはピィちゃんはちゃんとリリスに会わないと。
ピィちゃんも、ハッピーエンドじゃないとダメなんだから!
──それに、これは私の目的の為でもあるんだよ。」
ネロの瞳が希望に揺れた。
「──会ってもいいの?」
「出来るかは分からないけど。頑張るね。」
「抱きしめて欲しいのよ。
一言だけでいいのよ。
妾の名前を呼ぶ声が聞きたいのよ。」
「うん。そうだね。
でもどうせならもっと喋ってもらわないと……」
すると、いきなりゼロが私の頭を鷲掴みにし、ラウール様が私の頬をつねった。
「いひゃい!!」
「阿呆フィーネ!少しだけだからな!少しだけ!いいな?」
「怒るぞ?フィーネ。」
ゼロの言葉の圧と、頭への圧が連動しているようでかなり痛いし、ラウール様は頬をつねる力は優しいのに対し、眼鏡の奥の眼光が鋭く私に突き刺さって痛いし怖い。
「ひゃい。わかひまひた!」
はぁ……と深くため息をついた2人は、私から手を離す。
「うぅ……。痛かったよぉ。
酷いと思わない?ピィちゃん。」
「──ゼフィロス、ラウール。
貴方達苦労しているのね。
フィーネは反省したほうがいいのよ。
あといい加減、ちゃんと名前を呼びなさいなのよ。」
呆れたように半眼になってそう言うネロに、むぅと口を尖らせる。
名前についての文句は今は受け付けないことにした。
「えぇ……。
まさかのゼロ達の味方。
名前は、あとでね。
ふふ。可愛いし、もう少しだけピィちゃんって呼ばせて。」
「なぜそこに拘るのよ。」
「みんな!話は終わったかい?解析完了したよ!
ふふ。これでこの空間は僕のものさ。」
高揚したようにそう言うグレンが、私のそばに来た。
「グレン!転移先、ものすごく高かったんだけど!もうちょっと、どうにかならなかったの!?」
「高さがないと万が一の時危ないだろう?」
「うぅ……。そうだけど。」
「それに、落下速度を遅くして安全に落とすんじゃ、先生の危機感は煽れないしねぇ。」
「ぐっ……。」
「ま、正論だな。」
ゼロにも背後から撃たれて、口をへの字に曲げむくれて目を逸らした私に、グレンはふふっと笑うと頭をよしよしと撫でた。
「──僕も、怖かったんだよ?
フィーはいつも無茶ばかりだからね。
少しはこれに懲りて無茶を減らしてくれたら助かるな。」
私はハッとグレンに視線を戻すと、思いの外真剣な眼差しで私を見ていてドキッとした。
頭を撫でていた手をスルッと頬まで滑らせると、スリスリと今度は頬を撫でる。
「フィー?何か言うことは?」
「──っ!無茶して、ごめんなさい。
お願い、聞いてくれてありがとう。」
頬を赤くしそう言った私に、グレンはふわっと笑みを浮かべた。
「ふふ。うん、どういたしまして。
さぁ、みんな。
疲れたし、ちょっと休憩しよう。
ほら、座って上を向いてよ!」
グレンは私の頬から手を離すと、腰に腕をあてて、ニヤッと悪戯っ子のように笑った。




