111 優しい手
side:ネロ
──昔、ゼフィロスとこんな話をしたことがあった。
「ゼフィロスは、リリスを愛しているのよね?」
リリスが人間の男とのデートをしている間、ぼんやりと月を眺めていたゼフィロスの隣に座り、妾は彼の顔を見上げた。
「なんだ。藪から棒に。」
怪訝そうにそういう彼は、『愛している』という言葉を否定しなかった。
だから妾はずっと思っていた疑問を投げかけた。
「愛しているのに、なぜリリスを求めないのかしら?
リリスの為に何を犠牲にしてもかまわないっていうくらいの気概を持つべきなのよ、ゼフィロスは。」
「リリスの幸せを願うなら、引くべきだろ?
何かを犠牲にして手に入れたいと思うほど、俺の欲は強くねえよ。
──ネロ。お前じゃあるまいし。」
ククッと笑いながら少し切なくも見える暖かい瞳で、妾の頭をグリグリと撫で回したあの大きな手は兄のようで、母のようで、優しかった。
そんな彼が、剣を持ち冷たい目をして妾を見下ろしている。
──あの優しかった手で妾を殺そうとしていた。
リリスの『偽物』は、リリスと違い、可愛らしく庇護欲に駆られる容姿をしていた。
その瞳はリリスの色より薄かったが、しかし確実に彼女と同じ知性を感じ、苛立ちを隠せない。
あのゼフィロスが、妾が『偽物』と呼ぶ度に厳しい目を向けてくる。
けれど、この口を止めることは出来なかった。
感情のまま、『偽物』を罵倒し続ける。
止められない。
──だって、ゼフィロスと、グリムと、リリスと、ムカつくけれどティナと。
みんなでまた一緒の時を過ごしたかったから。
──だって、そうしなければ、妾が眠っていた長い時間が無駄だったんだという事実を突きつけられることに耐えられないから。
ティナは言った。
『リリスが生まれ変わったらその魂を体に定着させるように、リリスに言われて仕掛けを作った。
ゼフィロスなら、必ずリリスを復活させるさ。
だから大丈夫。
起きたらまた私たちに、リリスに逢える。』
妾はその言葉を信じて眠った。
本当は、愛しい彼と共に死ぬことを妾は望んでいた。
けれど、ティナが『リリスが皆が揃っていた方が嬉しいと言っていた。』と言うから、その欲を我慢した。
それでも、また逢えるならいいかとそう思ったのに──。
「消えなさいよ!『偽物』!
この世界にお前なんて必要ないのよ!」
『偽物』の彼女は、欲の形が蜃気楼のようだった。
大きくはあるものの、曖昧であるかないか分からないような欲。
まるでいつでも捨てられるかのように希薄だった。
何かあればその欲は消えてしまうだろう
欲を失うということは、『死』と同意だ。
だからこんなことを彼女に言ってはいけないことも分かっていた。
けれどこの口は苛立ちを、心の痛みを彼女に容赦なくぶつけた。
そして──。
「黙れ。」
抑揚のない声と共に、圧倒的な魔力の圧が襲いかかってきた。
妾はそれを固有能力『底無し沼』で飲み込む。
この身体でちゃんと使えたことに安堵した。
そしてゼフィロスが殺気と共に懐かしい真紅の剣を振り翳すと、息が詰まるほどの殺気と魔力に、馴染んだばかりの器が震えた。
「──っ!」
妾は身体を叱咤し空高く飛び上がるが、ゼフィロスは妾を追って空中を飛んできた。
「逃げるなよ、ネロ。
逃げたって結末は同じだ。」
ゼフィロスはパチンと指を鳴らすと魔導陣を展開し、四方に結界をはった。
逃げ場が狭まり、結界の際まで追い詰められる。
「──沈め。『墜獄の流星』」
ハッと振り向くと、冷たい目をしたゼフィロスの周りに漆黒の弾が無数浮いていた。
冷や汗が流れる。
「『行け。』」
「──っ!」
地面に向かって急降下する。
チラリと後ろを振り向くと、その弾は結界にはぶつからずに追尾してきていた。
妾はその弾をギリギリまで引きつけつつ地面スレスレまで降下すると、今度は急上昇した。
急な方向転換に、対処できなかったのか半数が地面にぶつかった。
少し距離をとるとその場に止まり振り向いた。
残りの弾は5つ。
その全てを固有能力で飲み込む。
息が上がって苦しい。
固有能力はこの小さな身体には負担が大きすぎた。
精々使えてあと一度。
どうすれば、いいのだろうか。
いつも、こんな時に道を示してくれる人達はもう妾の側に誰もいない。
その事実にジワリと涙が滲んだ。
「こんなことならっ──!?」
その時、背中に痛いほどの衝撃がはしるのを感じ、次の瞬間には既に体が地面に押し潰されていた。
先程の弾を一つ見えないように隠していたのだろう。
ゼフィロスには昔から戦闘で勝てたことがないのだ。
妾の側にゼフィロスが降り立つ。
「──くっ。
……なんで、なのよ。なんで!なんで!?
ゼフィロス!貴方はリリスを愛しているんでしょ!?
リリスに会いたくはないの!?
妾はっ!ただ、みんなと一緒にいたいのよ!
リリスに会いたいのよ!
その為に、ずっと眠ってたのよっ!」
重力に押し潰され、小さな身体が悲鳴をあげた。
身体も心も痛み、苦しみで涙が溢れた。
冷徹だったゼフィロスの瞳が少しだけ揺らいだのが見えた。
しかし、その揺らぎは一瞬で。
冷たい瞳のまま妾に剣を向け、ポツリと呟いた。
「200年だ。」




