108 ネロ・ロワール・レヴィアタン
テーブルの上には古びた時計と両手に乗るほどの白い卵がシンプルな台座の上に1つ置かれていた。
卵には私の手の甲と同じ模様が刻まれている。
その卵から、じわりじわりと黒い魔力が滲み出ていた。
私はその魔力に誘われるように手を伸ばし、そっと触れた。
その瞬間、パキッと音がして卵の殻にひびが入る。
「──っ!」
ひび割れた場所から魔力がすごい勢いで吹き出した。
ゼロがグイッと私の腕を引っ張り自分の後ろに隠す。
眉根を寄せてじっと卵に視線を向けていた。
周りを見るとみんなも少し離れて警戒しつつ、静かに卵の様子を観察している。
暫くすると黒の魔力に覆われ、卵の姿が見えなくなった。
ただ、魔力が渦を巻いている中でパキパキという音だけが聞こえる。
そして、最後にパキッと音が鳴ると渦を巻いていた魔力が中心に向かって収束されていった。
溢れていた全ての魔力が収束し、そこから現れたのは手のひらほどしかない一羽の白い鳥だった。
つぶらな瞳と艶やかな尾羽は、まるで深海を写し取ったかのような深い濃紺色だ。
ちょこんと開いた小さな嘴から、鈴の音を思わせる愛らしい声が響く。
「久しぶりだわね、グリム。」
「ネロ。俺だとよく分かったな。」
「当たり前でしょ?妾を誰だと思っているのよ。
グリムのその抑圧されてる欲は相変わらずだわね。」
「──今はラウールという名なんだ。ネロの器は鳥なのか。」
「ええ。妾は優雅に空を飛んでみたかったのよ。
──それにしても、妾の子孫は随分と愛しの彼の方に似ているわね。
まるで昔に戻ったかのようでうれしいわ。
名前はなんと言うのかしら?」
パタパタとリオの肩に飛んでいくと、リオの頬に擦り寄った。リオは、珍しく固まってなされるがままになっている。
「……リオです。」
「リオ!いい名だわ!
けれど、その美しい欲を拒絶しているのはよろしくないわね。
ふふん。これからは妾が直接その力の使い方を教えてあげるわね!」
そしてまたパタパタと殿下とアリスの所へ飛んでいく。
殿下が右手をスッと上げるとそこにネロが止まった。
「いい気遣いだわ、リリスの子孫。
髪と瞳はあの男に似たのね。
でもその欲の大きさはリリスそっくりだわね。
そして貴女はグリムの子孫のくせに欲を飼い慣らしているのね、珍しいわ。あんなのに似なくてよかったわね!」
アリスの方を見たネロはチラリとラウール様を見ながら、揶揄うように言った。
「あんなのとはなんだ、あんなのとは。
お前は相変わらずお喋りだな。」
ラウール様が顔を引き攣らせて、心なしかげんなりしているようだった。
そしてネロは私とゼロの前にあるテーブルへと戻った。
私はゼロの背後から出ると、ネロへと視線を向けた。
しかしネロは私に視線を向けることなく、ゼロを睨みながら言葉を発した。
「ねぇ、なぜなの。ゼフィロス。
なぜ、リリスがいないの?
なぜ、貴方はその『偽物』と一緒にいるの?」
「フィーネは『偽物』なんかじゃねぇよ。
リリスはもう過去の存在だ。今生きてるのはこいつで、リリスじゃねぇ。」
「過去?違うわ。リリスはまだ生きてるのよ。
その身体の中に、ちゃんと魂が残っているはずだもの。
その女は『偽物』。
リリスが復活するまでの『繋ぎ』でしかないのよ。」
その言葉にみんながハッと息を呑むのが分かり、私はぐっと手を握りしめる。
「ネロ。ごめんなさい。でも私は──、」
「お前のような『偽物』が、私の名前を気安く呼ばないでくれるかしら!!
リリスの『劣化品』でしかないお前がこの世界にいて何ができるというのよ!?
さっさとその身体をリリスに返すのよ!」
ネロが、ビリビリと黒い魔力を弾けさせながら私を睨みつけてそう言った。
私はその言葉に、ヒュッと息が漏れる。
喉がカラカラに乾いて、声が出ない。
想像よりも深い拒絶は、私の心を抉った。
けれどそれは、ネロのリリスに対する愛情の深さだ。
私が、それを否定することはしてはいけない。
私は自分の欲を優先して、彼女から大切な人を奪ってしまったのだから。
ネロの怒りも憎しみも全て受け止めて、頭を下げて話を聞いてもらうつもりだった。
もしかしたら分かってくれるかも──そんな甘い考えがあったのは事実だ。
ネロの反応次第で、私は決断を下すつもりだった。
ネロとこれから目覚めるだろうティナには絶対に仲間になってもらわなければいけない。
それはゼロやラウール様の為でもあるし、私達のこれからの戦いの為でもある。
私の説得が無理だとすれば、方法はただ一つだ。
怖くて、とりたくなかったネロを説得する唯一の策。
私が眉根を寄せ瞳を揺らすと、小さい声が隣から聞こえた気がした。
「あぁ……くそ。」
「消えなさいよ!『偽物』!
この世界にお前なんて必要ないのよ!」
ネロの悲鳴のような怒声が静かな空間に響き渡った。
その時──。
地を這うような抑揚のない声が隣から聞こえた。
「黙れ。」
「──!!」
そして、その声と共にものすごい魔力の圧がネロに向かって放たれた。
ネロはそれに驚きながらも、渦を巻いた黒い魔力を出現させるとゼロの魔力をその渦の中に吸い込んだ。
「はっ。魂はそのまんまだから固有能力は使えんのか。
まぁ使えたところで結果は変わらねぇがな。
── 結べ。『業華の血剣』」
ゼロは右手に現れた真紅の剣を掴むと、溢れ出る魔力と殺気を抑えもせずに一歩一歩ネロに近づいていった。
「それは、なんの、冗談、なのかしら。ゼフィロス。」
信じられないと小さな目を見開き震える声で、そう言うネロに、ゼロは凍てつくような冷徹な視線を向けた。
「──冗談じゃねぇなぁ。
忘れちまったか?
俺がコレを出す時はいつも本気の時だけだ。」
私は、彼が何をしようとしているのかを理解すると同時に、止めるために手を伸ばした。
「──ゼロ!なにやってるの!?ダメ!」
「ラウール。」
「……分かっている。」
私がゼロの腕を掴もうとした寸前、背後から伸びてきたラウール様の腕が、私のお腹を抱え込むようにしてグッと引き寄せた。
私はラウール様の腕をどうにか外そうとするが、びくともしない。
「っ!なに、やってるんですか!?
ラウール様!離して!
ゼロを止めないと!」
「なぜだ?」
「……え?」
「なぜ止める必要がある。」
ラウール様はもう片方の腕も私の身体に回すと、両腕ごと縛り付けるように深く抱きすくめた。




