107 青空の中で
眩しいほどの光の奔流から解き放たれ、私達は静かな青空の中心にいた。
雲が所々でふわふわと漂い、穏やかで優しい時間が流れている。
視覚的には空中に浮いているのに、足元はしっかりと地面があるように踏み締めることができる。
まるで空の中を歩いているようで心踊る空間だ。
「これは、なかなか凄いな。」
「ええ。素敵ですわ。」
殿下とアリスはこの穏やかな空間に圧倒され、語彙力を失っている。
「どんな原理なんだろう。
魔法っていうのは奥が深いね。
この空間で魔術が使えるか試してみたいなぁ。」
「この空間はどこまで続いているんですかね?
ダガーを投げてみてもいいでしょうか。」
グレンとリオはこの空間そのものに興味があるらしく、首を傾げながらそんなことを言っている。
「グレン、リオ。
探究心があるのはいい事だが、未知のものに適当に手ぇだすな。」
「はは。ティナの魔法は相変わらず独特だな。」
ゼロは、生徒達の無鉄砲さを嗜めているし、ラウール様は懐かしさに目を細めていた。
三者三様の反応をしているみんなを見てふふっと笑いを漏らすと、ぐるりと辺りを見回す。
少し先にテーブルとその上に何かが置いてあるのを見つけた私は、首を傾げるとその場所に行ってみようと歩みを進めた。
すると、何歩か歩いたところでグイッとゼロに手を掴まれてしまう。
「お前、なぁっ!勝手に行くなっつーの!
フィーネはこういう場所での単独行動は厳禁だ!」
ピシャリと厳しい顔で怒るゼロの瞳には、隠しきれない恐れがあった。
(ああ──、あの日も私が1人で歩いていったんだっけ)
あの丘での事がゼロにとって多少なりともトラウマになっているのに気付き、ゼロの側に戻った。
「うん。ごめんね、ゼロ。ちゃんと側にいるね。」
ゼロは深い溜息をつくと、グッと手に力を入れる。
その様子を見ていたラウール様以外のみんなは、頭に疑問符を乗せ顔を見合わせていた。
(そういえば、あの日何があったのかみんなには言ってなかったなぁ……)
言うタイミングもなかったし、ラウール様から怒られた件があったから、言ったらみんなからも怒られそうな気もした。
(落ち着いたらちゃんと話さなくちゃ)
言いづらくても、不確かなものでない限りは情報の共有はしておくべきだろう。
「ほら。あそこに行くんだろ。」
私の手を掴んだまま、歩き始めたゼロを追いかける。
そのゼロの背中を見ながら、私は彼女のことを想った。
認証段階でリオの血が必要だったことを考えると、この空間に眠っているのはきっとネロだ。
──ネロは、きっと私を恨むだろう。
ゼロやラウール様とは違い、彼女は私が『リリス』である事を望んでいるだろうから。
私が、『リリス』じゃないと気付いたら、なんと言われるのかと考えると気が重くなった。
そして、その場合の対策も考えてきたものの、その方法を取りたくなくて足取りが重くなる。
ゼロやラウール様が、ネロやティナとの再会を心待ちにしているのを分かっているのに、彼女達を探さなくてもいいんじゃないかなと一瞬でも思ってしまった、自分の歪んだ醜い思考に嫌気がさした。
ぐるぐると負の感情が心の中を渦巻いているのを自覚して、溜息をつかないようにキュッと口を引き締める。
「先生。ストップ。」
その時。
グレンがゼロを呼び止めた。
「どうした?」
ゼロが振り向き、私と私のすぐ側を歩いていたグレンを視界に入れる。
そして、一瞬目を見開くと、眉根を寄せ私の手を離した。
グレンが私の顔を両手で包み込み、自分の方を向かせる。
「フィーは聡いから、気付かせないように動くけど、心が限界になると結構分かりやすいね。
──そうやって心の中で溜め込んでも碌な思考にならないよ。
ちゃんと言ってごらん?
僕達はみんなフィーの味方だ。」
スリスリと親指で私の口元を撫でるグレンの手が優しい。
その手に解されるように、私の口が開いた。
「ごめんなさい。
少しだけ、ネロを起こすのが怖かったの。
なんて言われるだろうって。
でも、大丈夫。みんながいてくれるもんね。」
私はそう言ってふわりと笑った。
──全部は、言えない。
自分の醜い感情を曝け出すのは怖い。
けど、大丈夫って思う気持ちも本当だから。
「……そっか。ちゃんと側にいるからね、フィー。」
そう言って頬から手を離し頭を撫でてくれた。
すると、アリスがぎゅっと後ろから抱きしめてくれ、リオも優しい手で頭を撫でてくれた。
殿下とラウール様を見ると、不出来な妹を見るかのように慈愛に満ちた笑みを向けていた。
『これから、たくさん愛されたらいい。
──愛してやろう。』
ふとラウール様の言葉を思い出し、ジワリと涙が滲む。
ぐるぐるとしていた負の感情が、ぽかぽかと暖かいものに溶かされていっている気がした。
「フィーネ。」
ゼロが、ポツリと私の名前を読んだ。
みんなが私から離れると、ゼロが私の額と自分の額をコツンと合わせた。
あの日と同じだ。
あの日の言葉を思い出せと、言われているようだった。
「──気にしなくていい。やめるか?」
「ううん。やめない。──逃げない。」
「ふ。そうか。」
私から離れると、ゼロはニヤッと笑いながら行くぞ〜と先程よりもゆっくりと先を歩いた。
私は、軽くなった心と共に先を歩くゼロを追いかけた。
みんなと一緒なら無敵な気がして、ふふっと笑いを漏らした。
「──ネロがふざけたことを言うなら、ぶった斬って消してやるさ。」
先を歩くゼロが、そうボソリと呟いたことに私は全く気付かなかったのだ。
ここからそれぞれの感情と思いがぶつかります。
ひと段落するまで後書きはおやすみ!
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