101 パンの香り
朝日が差し込み、眩しくて目が覚めた。
バルコニーの扉が開いており、爽やかな朝の風が部屋に入り込んでいる。
ゼロに起こされる前に起きちゃったなとぼんやりした頭で考えた。
「お、珍しいな。自分で起きられたのか。」
ゼロがバルコニーから部屋に戻ってきた。
手には紙袋を持っており、パンの香ばしいいい香りがした。
「ん……。いまなんじ?」
「6時過ぎだ。きちんと6時間以上寝たな。」
紙袋をテーブルの上に置いてベッドサイドに来ると、前髪を優しく退けて手のひらを額につけた。
「よし。熱もねぇな。
悪かったな。
昨日、吸い過ぎちまった。
熱、ぶり返さなくてよかった。
……あん時、すげぇ身体熱かったからなぁ。」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるゼロに、私は昨日の夜の緊張と羞恥心を思い出し、また顔に熱が籠ってきてしまった。
「──っ!」
私は起き上がって、キッとゼロを睨むが、嬉しそうに笑うだけで効果はないようで、諦めて肩を落としながら顔の熱を冷ますように手でパタパタと仰いだ。
「城下でパン、買ってきたから食おう。
そろそろリオも来る頃だろ。
昨日言い忘れたが、珍しくグレンも朝からこっちに顔出すってよ。
一緒に食おうと思って多めに買ってきたんだ。」
「そうなの!?じゃぁ早く着替えなきゃ!
あ、朝ご飯はフルーツと、サラダだけにしてもらおうっと!」
ベルを鳴らし使用人を呼ぶと、ゼロはひらりと猫の姿になった。
小さい体で、弓形のようにくぐっと背伸びをしている。
(可愛いがすぎる。)
私は支度をしながら、ゼロがストレッチをするその可愛い姿と動きに悶絶する。
周りを見ると、使用人達もゼロの可愛さにメロメロになっているようだ。
「よし、準備おわった!」
使用人達を下がらせると、グレンとリオが入れ替わりで部屋に入ってきた。
「おはよう、フィー。」
「おはようございます。
フィーネ様。髪を先にやりましょうか。」
「2人ともおはよう!
ありがとう、リオ。
今日は、アップにして欲しいな。」
私がドレッサーの前に座るとリオは背後に立ち、慣れた手つきで髪をとき纏め始めた。
ゼロがピョンとリオの肩に飛び乗った。
「ゼロが城下でパン買ってきたの。
今日はいい天気だしバルコニーで一緒に食べよう。」
「ええ。楽しみです。
師匠、猫なのによくおつかいできましたね?」
「ほぉ?お前言うようになったなぁ。
まぁ、昨日惨敗して悔しかったんだろ?
今日の俺は心が広いからな。
その言い草も許してやろう。」
クツクツと笑いながら肩の上で揶揄うゼロに、リオはいつもの笑みを若干引き攣らせながら、ゼロを掴みソファーへ放り投げた。
ゼロは器用にクルッと一回転してグレンの隣に着地する。
ご丁寧にポーズまで決めており、その身軽さに私はおお!と拍手をした。
グレンがソファに座りながら、こちらをジッと見ているのが鏡越しに写った。
「グレンどうしたの?」
「いや、リオは相変わらず器用だなと思ってね。
僕ももう少し手先が器用なら、フィーの髪をやってあげられるのになぁ。」
「何を言ってるんですか。
そもそも毎回待ち合わせに遅刻する人には無理です。
今日は10分の遅刻でしたよね。」
「え、またグレン遅刻したの?」
「お前、またかよ。いい加減5分前行動しろ。」
呆れる私達の視線を受けてグレンはバツが悪そうに視線を逸らし、頬をポリポリと指でかいた。
「あはは……ごめんごめん。
出る前に魔術のいいアイデアが浮かんでさ、気がついたら時間過ぎちゃってたんだよ。
それより!なんか先生今日は随分とご機嫌だね?
やっぱり昔の仲間と会えるからかい?」
「お前、都合が悪くなったからって話変えやがって。
あぁ──そうだな……。そっちじゃないな。
やっとお前らと同じ場所に立てたんだよ。
そっちの方が嬉しくてな。」
「同じ場所?
……どういうことだい?」
「はい、フィーネ様終わりましたよ。
──師匠、意味がわからないんですが。」
私が立ち上がりソファーへ近づくと、ゼロがピョンと私の肩に飛び移り、マーキングのように私の首筋に体を擦り付けた。
ふわふわな毛並みが少しくすぐったい。
(昨日、ゼロが血を吸ったのは、ちょうど、このあたりだ)
ふと昨日の緊張が思い出され、キュッと肩をすくめるとゼロがくくっと可笑しそうに笑った。
私は笑われて少しムッとすると、疑問を直接ゼロにぶつける。
「昨日も言ってたよね。
同じスタートラインに立てたとか。
結局あれってどういう意味だったの?
私がゼロの側で緊張したりすることの何が嬉しいの?
」
すると私のその言葉に、グレンとリオが驚きで目を丸くした。
「はは。お子ちゃまフィーネには分からねぇだろうなぁ。
お前には教えてやんねぇよ。」
「えぇ!?何でよ!教えてよ!
……今のでグレンとリオは分かったの?」
「そうですね。分かりましたよ。」
「うん。僕も分かったよ。
でも、フィーは分からないままでいいんじゃないかな?
何でもすぐ分かっちゃったら面白くないだろう?
沢山考えてみてごらんよ。」
ゼロは、私の頬に前足の肉球をプニプニと押し付けながら言った。
「お。グレンいいこと言うなぁ。
ほら、とりあえず朝食とるぞ。
折角のパンが冷めちまう。」
私だけ仲間はずれなのが悔しいが、確かにすぐに分かる事ばかりでは人生が面白くないのは確かだ。
ゆっくり考えてみればいいか、と私は美味しいパンの匂いに誘われてバルコニーへ行くのだった。
グレンは相変わらずの遅刻魔です。
まだなおってないんです。笑
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